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取り留めもなくぼんやりと歩くオレの目に留まったのは、落下型のジェットコースター。確か、空海はこれに乗りたいと言っていた。それに次の予定はここに来るはずだった。だからだろうか。オレは引き寄せられるように入り口まで歩いていた。
「……よ!おい、こら、基!」
「え?」
名前を呼ばれた気がして、そちらに視線を向けると、仁王立ちした空海が叫んでいる。
「おっせぇよ!いつまで、待たせる気なんだよ!」
憤慨した空海はズンズンとオレに近づき、睨みつける。
「どうせ、お前らがもたついてたんだろ?あんま大地、困らせんなよな。って、大地はどこだよ?」
オレの背後や周りを見回す空海は、迷子になったんじゃない。予定通り次に乗るここに向かっていて。むしろはぐれたのはオレ達の方だと空海は思ってる。
「……ここには、いないよ……」
「あ?なんでだよ?」
「君が勝手にここに一人で来るから。迷子になったんだと勘違いして……」
「んな、ヘマするかよ!たく、大地の奴!」
呆れた顔でため息を吐く空海。その顔を見た瞬間。オレの中で何かがはじけ飛んだ。
「いい加減にしてよ!」
「あ?」
「きみは、ずるいよ。凄く、ずるい!」
「なにがだよ?」
「キミは大地先生に大切思われてて、父さんだってきみの事、気に入ってる。それなのに、勝手なことばかり言って」
今日ずっともやもやしていた。大地先生に喜んで貰いたくて頑張ったのに。お昼ご飯を食べてた時、オレよりも父さんの事を知っていると、自慢された気がした。のろける父さんと大地先生が羨ましくて、悔しくて。いじけて。
さっきだってそうだ。父さんにオレの事よりも、空海が大事だと言われた気がした。だから余計に、肩を寄せ合って歩く二人の姿を見た時、頭が真っ白になった。
空海を説得するために来たと解っているのに、空海を中心に動く大地先生と父さんに、勝手に拗ねて。
「オレだって、早起きして朝ごはん作ったんだ。オレ、今日。古庄と。友達と、予定入ってたんだ。でも、父さんが、勝手に決めるから。でも、楽しみにしてて。なのに、父さんも、大地先生も、キミばっかり構って……だから、大地先生が好きな物、キミが気に入ってくれそうなものは何かって。一生懸命考えて。オレだってタコさんウインナー作ったんだよ?卵焼きは、甘いほうがい良いのか、しょっぱいほうがいいのか。考えたんだよ?キミにも、大地先生にも笑って欲しくて。それなのに、それなのに……」
「何言ってんのか、分かんねぇよ……」
「キミは、全部。全部持ってるじゃない。オレが欲しい物全部持っていったじゃない!」
「なんだよそれ?!」
気づかないふりをして、気にしないようにして。少しずつ溜まっていった膿がこんなにも、汚い物だったなんて知らなかった。
小学生相手に嫉妬して。八つ当たりして。大地先生にだって、父さんにだって。
最低だと思う。なのに、言葉が、涙が止まらない。
「オレは……っ!凄く、凄く楽しみにしてたんだ!大地先生と暮らせるの。だから今日、キミと父さんに、ちゃんと、話してほしのに。なのに、キミはただ、父さんに甘えてるだけじゃないか!」
「はぁ~?どこがだよ?彰が変なちょっかい出してくるから、こっちは迷惑してんだよ!大体、男のくせに泣くとか、だせー事してんじゃねぇよ!」
考えるよりも早く、体が動いていた。高く振り上げられた手は、風を切り、空海を目がけて落ちていく。
「基!」
無意識に振り降ろされた手は、空海に触れる事無く、ピタリと止まる。
「基。なにしてんだ?」
手首に感じる熱と痛み。父さんの弾んだ息と、怯む空海。
「父さん、オレ……」
体中から血の気が引いていく。オレは今、空海を叩こうとした?くだらない自分勝手な感情に身を任せて、空海を叩こうとした?
「何があった?」
こんなはずじゃなかった。こんな事、するつもりなんてなかった。もっと、楽しい筈だった。なのに、オレが余計に話をややこしくしてしまった。
「ごめんなさい……父さん、ごめんなさい……」
「……ひとまず、大地と合流しよう。それから事情を聴くから。空海もだ」
「なんだよ?俺が何したっていうんだよ?」
「勝手に一人でここに来ただろ?あ、大地?空海、見つかったぞ。基も一緒に居る」
父さんから連絡を受けた大地先生は、息を乱し空海に抱き着く。
「空海!もう、心配したんだからね」
「大地が大げさなんだよ。俺が迷子になるはずないだろ?」
「そんなの、分かんないでしょ!」
小さく屈んで視線を合わせる大地先生は、口調はきついが、目尻が微かに赤い。
「基」
名前を呼ばれて視線を上げると、父さんが顎を横に動かす。
「うん……」
オレは小さく息を吸い込んで、二人に近づく。
「あ、基くん。ありがとう。空海の事見つけてくれて」
「いえ……」
大地先生の笑顔に心が痛む。じっと見上げる空海が、早くしろと急かしてる気がした。
「すみません、でした……」
「え?なに?どうしたの?」
頭を深く下げるオレの頭上で、戸惑う大地先生の声が聞こえる。
「オレ。空海、くんを叩こうとしました。父さんが止めてくれたから、未遂で終わったけど。オレの一方的な感情で、空海くんに暴力を振るったのは間違えないので謝ります。申し訳ありませんでした」
静かにオレの話を聞いていた大地先生が、微かに動く気配がした。
「空海、本当なの?」
空海の声は聞こえない。それから大地先生の足が、オレの方に向く。
「何があったのか、教えてくれる?」
「それは……」
言えない。あんなにも醜くて恥ずかしい内容を大地先生には言いたくない。
「ごめんなさい……」
「……基くん。どんな事情にせよ。暴力を使うのは良くないよ。でも、ちゃんと言ってくれて。謝ってくれて、ありがとう」
そう言って大地先生はオレの頭を撫でる。温かくて、大きな手。保育園にいた頃。大地先生に頭を撫でられるのが大好きだった。大地先生だけじゃない。父さんにだって。いつからだろう。父さんに頭を撫でられるのが嫌になったのは。
「よし、基。良く言えたな。褒めてやる」
両手でわしゃわしゃと頭をもみくちゃにされ。オレは父さんのせいなのだと思った。
「もう、やめてよ。髪、ぐちゃぐちゃ!」
ひとしきりオレの頭で遊んでいた父さんは、満足したのか手を止めると、ポンポンと二回頭を優しく叩く。ああ、父さんのこの手が好きだった。
「父さん、ごめんね。空海くんも大地先生も。……オレ、先に帰ります。後は、三人で楽しんでください」
誰の肩も持たずに中立でいる筈だったオレが、本当は一番面倒で邪魔な存在に気がついた。だからこれが一番良い選択肢だと思う。
「ダメだ!今日は四人で遊ぶって決めてんだ。ほれ、帽子かぶれ!空海も、大地も」
「はい、空海。被って」
「ゔ……」
半ば強引に帽子をかぶらされたオレと空海は、お互い父親に手を引かれジェットコースターの入り口まで連れていかれる。オレと父さん。その後ろには空海と大地先生。スタッフの軽快なアナウンスと共に、ジェットコースターは走り出す。
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