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***  取り留めもなくぼんやりと歩くオレの目に留まったのは、落下型のジェットコースター。確か、空海はこれに乗りたいと言っていた。それに次の予定はここに来るはずだった。だからだろうか。オレは引き寄せられるように入り口まで歩いていた。 「……よ!おい、こら、基!」 「え?」  名前を呼ばれた気がして、そちらに視線を向けると、仁王立ちした空海が叫んでいる。 「おっせぇよ!いつまで、待たせる気なんだよ!」  憤慨した空海はズンズンとオレに近づき、睨みつける。 「どうせ、お前らがもたついてたんだろ?あんま大地、困らせんなよな。って、大地はどこだよ?」  オレの背後や周りを見回す空海は、迷子になったんじゃない。予定通り次に乗るここに向かっていて。むしろはぐれたのはオレ達の方だと空海は思ってる。 「……ここには、いないよ……」 「あ?なんでだよ?」 「君が勝手にここに一人で来るから。迷子になったんだと勘違いして……」 「んな、ヘマするかよ!たく、大地の奴!」  呆れた顔でため息を吐く空海。その顔を見た瞬間。オレの中で何かがはじけ飛んだ。 「いい加減にしてよ!」 「あ?」 「きみは、ずるいよ。凄く、ずるい!」 「なにがだよ?」 「キミは大地先生に大切思われてて、父さんだってきみの事、気に入ってる。それなのに、勝手なことばかり言って」  今日ずっともやもやしていた。大地先生に喜んで貰いたくて頑張ったのに。お昼ご飯を食べてた時、オレよりも父さんの事を知っていると、自慢された気がした。のろける父さんと大地先生が羨ましくて、悔しくて。いじけて。  さっきだってそうだ。父さんにオレの事よりも、空海が大事だと言われた気がした。だから余計に、肩を寄せ合って歩く二人の姿を見た時、頭が真っ白になった。  空海を説得するために来たと解っているのに、空海を中心に動く大地先生と父さんに、勝手に拗ねて。 「オレだって、早起きして朝ごはん作ったんだ。オレ、今日。古庄と。友達と、予定入ってたんだ。でも、父さんが、勝手に決めるから。でも、楽しみにしてて。なのに、父さんも、大地先生も、キミばっかり構って……だから、大地先生が好きな物、キミが気に入ってくれそうなものは何かって。一生懸命考えて。オレだってタコさんウインナー作ったんだよ?卵焼きは、甘いほうがい良いのか、しょっぱいほうがいいのか。考えたんだよ?キミにも、大地先生にも笑って欲しくて。それなのに、それなのに……」 「何言ってんのか、分かんねぇよ……」 「キミは、全部。全部持ってるじゃない。オレが欲しい物全部持っていったじゃない!」 「なんだよそれ?!」  気づかないふりをして、気にしないようにして。少しずつ溜まっていった膿がこんなにも、汚い物だったなんて知らなかった。  小学生相手に嫉妬して。八つ当たりして。大地先生にだって、父さんにだって。  最低だと思う。なのに、言葉が、涙が止まらない。 「オレは……っ!凄く、凄く楽しみにしてたんだ!大地先生と暮らせるの。だから今日、キミと父さんに、ちゃんと、話してほしのに。なのに、キミはただ、父さんに甘えてるだけじゃないか!」 「はぁ~?どこがだよ?彰が変なちょっかい出してくるから、こっちは迷惑してんだよ!大体、男のくせに泣くとか、だせー事してんじゃねぇよ!」  考えるよりも早く、体が動いていた。高く振り上げられた手は、風を切り、空海を目がけて落ちていく。 「基!」  無意識に振り降ろされた手は、空海に触れる事無く、ピタリと止まる。 「基。なにしてんだ?」  手首に感じる熱と痛み。父さんの弾んだ息と、怯む空海。 「父さん、オレ……」  体中から血の気が引いていく。オレは今、空海を叩こうとした?くだらない自分勝手な感情に身を任せて、空海を叩こうとした? 「何があった?」  こんなはずじゃなかった。こんな事、するつもりなんてなかった。もっと、楽しい筈だった。なのに、オレが余計に話をややこしくしてしまった。 「ごめんなさい……父さん、ごめんなさい……」 「……ひとまず、大地と合流しよう。それから事情を聴くから。空海もだ」 「なんだよ?俺が何したっていうんだよ?」 「勝手に一人でここに来ただろ?あ、大地?空海、見つかったぞ。基も一緒に居る」  父さんから連絡を受けた大地先生は、息を乱し空海に抱き着く。 「空海!もう、心配したんだからね」 「大地が大げさなんだよ。俺が迷子になるはずないだろ?」 「そんなの、分かんないでしょ!」  小さく屈んで視線を合わせる大地先生は、口調はきついが、目尻が微かに赤い。 「基」  名前を呼ばれて視線を上げると、父さんが顎を横に動かす。 「うん……」  オレは小さく息を吸い込んで、二人に近づく。 「あ、基くん。ありがとう。空海の事見つけてくれて」 「いえ……」  大地先生の笑顔に心が痛む。じっと見上げる空海が、早くしろと急かしてる気がした。 「すみません、でした……」 「え?なに?どうしたの?」  頭を深く下げるオレの頭上で、戸惑う大地先生の声が聞こえる。 「オレ。空海、くんを叩こうとしました。父さんが止めてくれたから、未遂で終わったけど。オレの一方的な感情で、空海くんに暴力を振るったのは間違えないので謝ります。申し訳ありませんでした」  静かにオレの話を聞いていた大地先生が、微かに動く気配がした。 「空海、本当なの?」  空海の声は聞こえない。それから大地先生の足が、オレの方に向く。 「何があったのか、教えてくれる?」 「それは……」  言えない。あんなにも醜くて恥ずかしい内容を大地先生には言いたくない。 「ごめんなさい……」 「……基くん。どんな事情にせよ。暴力を使うのは良くないよ。でも、ちゃんと言ってくれて。謝ってくれて、ありがとう」  そう言って大地先生はオレの頭を撫でる。温かくて、大きな手。保育園にいた頃。大地先生に頭を撫でられるのが大好きだった。大地先生だけじゃない。父さんにだって。いつからだろう。父さんに頭を撫でられるのが嫌になったのは。 「よし、基。良く言えたな。褒めてやる」  両手でわしゃわしゃと頭をもみくちゃにされ。オレは父さんのせいなのだと思った。 「もう、やめてよ。髪、ぐちゃぐちゃ!」  ひとしきりオレの頭で遊んでいた父さんは、満足したのか手を止めると、ポンポンと二回頭を優しく叩く。ああ、父さんのこの手が好きだった。 「父さん、ごめんね。空海くんも大地先生も。……オレ、先に帰ります。後は、三人で楽しんでください」  誰の肩も持たずに中立でいる筈だったオレが、本当は一番面倒で邪魔な存在に気がついた。だからこれが一番良い選択肢だと思う。 「ダメだ!今日は四人で遊ぶって決めてんだ。ほれ、帽子かぶれ!空海も、大地も」 「はい、空海。被って」 「ゔ……」  半ば強引に帽子をかぶらされたオレと空海は、お互い父親に手を引かれジェットコースターの入り口まで連れていかれる。オレと父さん。その後ろには空海と大地先生。スタッフの軽快なアナウンスと共に、ジェットコースターは走り出す。

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