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何となく着るかもしれない。何となくまた使うかも知れない。そんな、何となくの積み重ねが転がる部屋。ちょっとずつは始めていたけど、今日から本格的に家の片付けを始めていた。 「おー?これ、懐かしいなー?」  服を広げては体に充てたり、本を読んだりして全く片付けが進まない。 「もう、真剣にやってよ」 「わりー、わりー。じゃ、こっちの服は纏めて捨てて、こっちは……お?おお?基、基!」  楽しげな声を上げ、手招きする父さんの元にいくと、そこにはオレの小さい頃のアルバム。 「見ろよ!基ちっちゃくてかわいいなぁ。俺、わっか!」  父さんがパラパラと捲るアルバムには、オレや父さん。母さんもいる。 「うん。懐かしいね」 「あれ?これ。大地だ?」 「保育園で撮った写真だね」 「基はホントに大地の事好きだったよなぁ。大地先生とまだいるぅー!ってよく駄々こねてたって母さんが言ってたの思い出したわ」 「オレは覚えてないよ」  恥ずかしくてそんな事を言ったけど。本当は良く覚えてる。  大地先生が好きだった事は今でもしっかりオレの中で生きてる。 「これ、大地に見せたら喜ぶぞ~」 「はい。はい。じゃ、それは下に運ぶから貸して」  ゴミ袋とアルバムを抱えて階下に降りると、玄関のチャイムが鳴る。 「はいはーい。どちら様ですかー?」 「古庄だけど」 「うわっ!もうそんな時間?」 「お邪魔しまーすっ、って、これなんだ?大掃除でもしてたのか?」  慌てて玄関のドアを開け、招き入れた古庄は不思議そうな顔でゴミの山を見る。 「あ、うん……」  玄関の脇に既に積み上がっているゴミ袋とダンボール箱。 「古庄。あのね」  リビングで、ずっと、ずっと言いたかった事を古庄に話す。性別は言えないけど、父さんに恋人が出来たこと。その相手にも、子供がいること。そして、その四人で暮らすことになった事。 「……だからね。落ち着くまでは、うちにも呼んであげられなくなるんだよね」  静かに話を聞いていた古庄が、どことなくつまらなそうな顔をしてため息を吐く。 「なんだ、そういう事か……」 「そういう事って?」  何を期待してたのかは知らないが。随分な反応だと思う。 「え?あ、いや」  そして今度は、バツが悪そうにして口ごもる。なんなんだろう。 「いや、なんか、基。最近俺に何か言いたそうにしてたからさ。まぁ、気になってたって言うか。なんていうか。うん……。でも、親父さんに恋人か、大変だな」  視線を逸らして頬を掻いていた古庄が、真顔になる。 「まぁ、ね……」  空海も一応は了承してくれたけど。仕方なくって感じだったし。先が思いやられる。 「なんでも相談のるから、なんかあったらすぐ言えよ?」 「うん、ありがとう」  古庄は優しい。いつかちゃんと大地先生の事を話したい。そして、ここで五人、一緒に過ごしたい。 「それとね。古庄に渡したい物があるんだ」  オレは古庄に渡そうと思って、ダイニングテーブルに置いていた袋を手に取り、中身を取り出す。 「シャーペン?」 「うん。昨日のお土産。昨日は本当にごめんね」 「んなの。気にしなくていいのに。そっちは?それも誰かにあげるのか?」 「ん?ああ……これは……」  袋から頭が飛び出した同じシャーペン。それを古庄はじっと見つめる。 「なんかね。同じ物が欲しくて……」 「え?」  今思えば、あの時オレは寂しかったんだ。父さんと大地先生、そして空海が楽しそうに笑ってて、なんの違和感もなく家族だった。なのに、そこにオレは居なくて。古庄の事を考える事で気を紛らわしてた。 「……お揃いなんて、変だよね?」  苦笑いするオレを見て、ぼうっとしていた古庄がはっと我に返り頭を振る。 「んな、んなことねぇって!俺は嬉しいよ!うん。すっげえ嬉しい。そっか、お揃いか、お揃い……いいじゃん」  そう言って、照れくさそうに笑う古庄に喜んで貰えたみたいで安心した。 「そろそろ、夕飯の準備しようか?」 「おっけー」  その日の古庄はなんだかずっとそわそわしてると言うか、機嫌が良くて。目があうとなぜか、ヘラリと笑う。そんな古庄がおかしくてオレもずっと笑ってた。  それから数週間後。大地先生と空海が我が家にやって来る日が来た。  先行して到着していた引っ越し業者が、あらかた荷物を出し終えた頃。大地先生と空海も到着する。 「彰さん。基くん。今日からよろしくお願いします」 「こちらこそ、宜しくお願いします」  にこやかに笑う大地先生を出迎えたオレ達を睨む空海。 「空海くん。部屋に案内するよ」 「空海、でいい……」 「わかった。空海。こっちだよ」  そっぽを向いてそう言う空海に頷いて、オレは階段を登る。 「大地は、こっちだ」 「うん」  大地先生と空海の体が離れて、お互いがこれから生活をする場所へと移動する。  空海の部屋は二階に上がって右側、オレの向かい側にある部屋。そのドアを開けると右側には、オレが使っていたベッドを。真正面には、先ほど引っ越し業者が持ってきた本棚と、数個の段ボール箱。 「手伝うから、荷物片付けちゃお」 「……」  返事はしないものの、オレの後ろにいた空海が部屋の中に入っていく。それを見たオレもまた、室内に入り段ボール箱を開け、本は本棚の前、衣類はクローゼットの前に置く。  トの字に仕切られたクローゼット。コートなどかさばる物はハンガーに掛けて、後は衣類をジャンル分けして、備え付けの引き出しに仕舞えば完了。仕分けしていた間にぐちゃぐちゃになってしまったズボンやシャツを畳みなおして、最後に下着を畳む。 「ねぇ。引き出しの順番どれがいい?」 「あ?」  オレに背を向けて本棚に教科書をしまっていた空海は、振り返るなりオレの手から下着をもぎ取って行く。 「なっ?!に、してんだよ!人のパンツ触んな!変態!」 「へん、たい……??」 「出てけ!出てけよ!」  空海は喚き散らしながら、手当たり次第に服を投げてくる。 「二度と俺の物に触るな!」 「ちょ、と……やめ……、いたっ……」 「早く!早く出てけよ!」  シャツは平気だけどズボンの金具は地味に痛い。なんで下着を畳み直してただけで、そんな風に言われなければならないんだろう。なんで、オレがこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。 「うるさい!じゃあ、もう自分でやってよ!」  空海は勝手すぎる。オレはキッチンで大地先生が持ってきた食器や調理器具が入った段ボールを開き、カップ類にお椀に茶わん。箸やお皿を指定の場所に置いていく。遊園地で空海と少しは仲良くなれた気がするのに。全然、ちっとも変ってない。  コンロの下にある棚を開いてミルクパンやホーロー鍋。フライパンを無造作に入れ、それはバランスを崩してガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちてしまった。

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