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第2章第65話

 電話を切った後、僕はシャワーを浴びにバスルームへ足を運んだ。シャワーを出して頭から被る。虚しさだけが僕の心を占め涙が零れる。これからどうしようか……。外は雨、散歩しに行くって言ってもな。  シャワーで身体を流して着替えると部屋に戻り窓の外を眺めた。雨の勢いは増すばかり。それでも海辺を歩きたい衝動に駆られ僕は部屋を後にした。  濡れた髪のまま傘を差し浜辺に出ると、いつもなら観光客で賑わっているそこは閑散としていた。僕はゆっくり浜辺を歩き、ある程度歩いてその場に座り込んだ。  海は僅かに荒れている。傘に落ちる雨粒が何とも言えない音を立て、僕の心は複雑だった。 「はぁ……」  仕事をサボったような感覚。現実はそうではないのだけど、何故か罪悪感が僕の中で生まれた。潮風が頬を霞め、濡れた髪を冷やす。 「何しているんだろう本当……」  ついつい出てしまう独り言。誰もいない浜辺で一人海を眺めている。どれくらいそうしていただろう。雨足が少し引いた頃、僕は重たい腰を上げた。  せっかくシャワーで温まった身体は完全に冷え、このままでは風邪を引きそう。流石にまずいと僕はホテルへと足を向ける。ホテルのロビーは混雑していたけど誰にも会う事なく僕は部屋に戻った。 「寒い」  すっかり冷え込んだ身体を擦りながら僕はベッドにダイブ。布団に潜りこんだ。同じ頃ドアのノック音。僕は布団から僅かに顔を出す。誰だろう……。 「AKIちゃんいるかな神崎だけど」  神崎さんと知って僕は内心ドキッとする。今は会いたくない。僕は返事をせず布団に潜りこんだ。暫くノック音が続いたが、その内その音も聞こえなくなった。 「はぁ……」  僕はようやく布団から顔を出し、天井を見上げる。明日はちゃんとするから今日だけは許して。そんな気持ちで僕はぽっかり空いた穴のような心境でボーっと白い天井を仰ぐ。  司からの連絡もない。当然大和からも……。スマホを取り出して眺めるだけ。僕はいつからこんな情けない人間になったんだろうか。  これは仕事で決まった事。相手が大和じゃないからって落ち込むのはいけない事。会えないのだって仕方ない。なのに気持ちは落ち込むばかり。付き合ってから会えない事はあっても離れた事はない僕等。会おうと思えば会いに行ける距離にいつもいた。だから余計に寂しい。  会いたくても会いに行けない距離がこんなにも辛い事なんて知らなかった。こんなに仕事に影響が出るなんて。司は仕方のない事って言ってたけど、僕はプロとして失格だ。仕事が流れて喜ぶなんて尚更。  こんな事今まで一度もなかったのに。好きな人が出来ただけで色んな事が変わっていくんだ。 「暁、しっかりしろ」  僕は飛び起きて頬を叩く。司がいてくれたらきっと話を訊いてくれたろうけど、こんな事話せないよ。僕は布団から出ると冷えた身体を温めるためお風呂にお湯を溜め始めた。  風邪引いたら笑い話にもならない。司にもスタッフにも迷惑が掛かる。それだけは避けたい。なにより神崎さんにも……。  スケジュールは決まっているんだ。撮影日だって余裕がある訳じゃない。自分の感情論だけで多くの人に迷惑はかけられない。 「ぐちぐちするのは止めにしよう」  誰もいない部屋。まるで言聞かせするように独り言。僕は鏡を出して笑顔の練習。だめだまだ上手く笑えない。明日は待ってくれないんだぞ!そんな風に思いながら大和を頭の隅に追いやる。  何度も鏡を覗き込んでは笑顔を作ってみる。カメラの前を意識して僕はAKIと言聞かせ。何分そうしていたのかようやく自然な笑顔が出せた頃、お湯が溜まった合図が聞こえてくる。  僕は鏡をしまい、洗面台の前、もう一度笑って見せる。 「よし」  僕はもう一度頬を叩くと、服を脱ぎバスタブへと入った。明日は大丈夫。仕事はちゃんとやらなきゃ。冷え切った身体を湯船に浸かりながら温めなおし、顔のケアをする。完全に切り替えられたわけじゃないけどいつまでもウジウジしていられない。僕は全てを湯船に流してお風呂から出る頃には少しだけさっぱりしていた。 「雨上がるかな?」  窓際に立ち外を眺めると雨は殆どあがっている。僅かにポツリポツリと落ちるだけ。晴れ間も見える。まるで僕の心見たい。そんな事思いながら濡れた髪をタオルで拭き取る。  大和待っててね。いい物を撮って帰るから。  心の中でそっと思うと僕は笑顔を取り戻す。大和が嫉妬するくらいいい物を撮って胸を張って帰ろう。今の僕はそれしか出来ないから。

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