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第2章第35話

 大和は腰の痛みで動けない僕の為に 慣れない朝ご飯を作ってベッドまで 運んでくれた。僕は行為に甘え美味しい 食事をゆっくりと堪能した。 「引っ越し?」 久しぶりの会話。話したい事って……納得。 「何処に引っ越すの?近い方がいいな」 僕の言葉に大和は満面の笑みで答える。 「このマンション」 僕は一瞬ポカンとする。 「嘘……本当に?何階?」 僕は目を輝かせて答えを待つと、 大和はにっこり微笑んで言葉にする。 「ここの隣の部屋、嘘みたいだろう? でも本当なんだ」 隣……大和が引っ越してくる?? 僕は嘘みたいな話に固まる。 「暁?嬉しくないの?」 顔を覗き込む彼の表情は少し不安げ。 「う、嬉しいよ。嬉しくてビックリした」 本当にビックリした。 一緒に暮らせないのは百も承知。 ならせめてそう思っていた事が 現実になるなんて。 「事務所がさ、その方が都合いいんだって」 「……都合」 確かにこれから先を考えれば 間違いなく都合はいい。 嬉しいはずなのに僕の胸はチクリと痛んだ。 「暁?」 「ううん、なんでもない」 大和はちょっと不思議そうな顔を浮かべる。 それでも僕が笑って見せると、 直ぐに笑顔に変わった。 「そう言えばさ、雑誌もうすぐ出るんだ」 「そうだったね」 本当は司に貰ったけど、 僕は一頁も開かず大切に保管していた。 「見てくれないかな……暁に見て欲しい」 大和はそう言って鞄から 雑誌を取り出し僕の元へ擦り寄る。 「初めてだから、凄く緊張したんだ。 ちゃんと撮れているのか見て欲しい」 うん、大和の気持ちは良く分かる。 僕だって今すぐ見たい。でも……。 「ごめん大和、今は見れない」 大和は僕の台詞に頁を捲る手を止めた。 「なんで?暁は喜んでくれないの?」 違うそうじゃない。嬉しいよ。でも——。 僕は首を横に振りながら答える。 「きっと素敵に撮れていると思う。 僕も見たい。でもこれは記念だから、 ちゃんと自分の足で売り場に行って、 自分のお金で買いたいの」 「暁……」 大和の目は微かに潤んでいる。泣いちゃう? ドキドキしながら覗き込むと、 大和は僕を力いっぱい抱き寄せた。 今が幸せ。今はそれでいい。

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