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飼い猫変身編 1

先輩からの呼び出しがぱったりと途絶えてしまった。 SNSでは今まで通りくだらないやりとりはしているし、学内ですれ違った時も普通に挨拶してくれたから、嫌われたり避けられたりしているわけではないと思う。 ただ、再現するからうちに来いという呼び出しの電話やメールがなくなってしまったというだけだ。 やっぱり泣いちゃったの、まずかったよな。 先輩からの呼び出しがなくなったのは、ほぼ間違いなく前回の再現で僕が泣いてしまったことが原因だと思う。 すぐに泣き止んだし、先輩にも気にしないで欲しいとは言ったのだが、やはりあれで引いてしまったのか、もしくは尻込みしてしまっているのだろう。 もし先輩が引いてしまっていて、もう再現などしたくないと思っているのなら絶望的だが、再現はしたいが僕を泣かせたことを気にしてためらっているだけなら、まだ望みはある。 そう考えて、僕はサークルの部室によく先輩が顔を出している時を見計らって行ってみた。 できれば直接話したいとは思ったが、部室に先輩がいなければ電話してみるしかないと思っていたのだが、運よく先輩は部室にいた。 しかも都合のいいことに、集まって話している他のメンバーから離れて、一人でマンガを読んでいる。 「先輩」 僕が先輩に近づいて声をかけると、先輩は心なしかびくっとしたようにみえたものの、マンガから顔を上げて、いつものように「おう」と返事をしてくれた。 「先輩……あの、例のマンガって、もう他にはない んですか?」 事情を知らない人が聞いても何とも思わないような言葉ではあったが、僕がそれを口にするにはものすごく勇気を必要とした。 「え?  ……うーん、あと一冊、あるにはあるんだが……」 僕の問いに先輩は困惑した様子で答える。 大丈夫だ、先輩、困ってはいるけど、嫌がっている感じじゃない。 ここはがんばって、このまま押すしかない! 「僕、読みたいです。  読ませてもらえませんか?」 「え、いや、それは……」 先輩はしばらくうろうろと視線をさまよわせていたが、やがて「わかった」と言った。 「まだ見せてない一冊、お前にやるよ。  一回帰って取ってくるから、お前ここで待ってろ」 え!? それじゃ意味がない! 僕は立ち上がりかけた先輩を慌てて呼び止める。 「あの!  あの……もし先輩が迷惑じゃなければ、先輩の家で読ませてもらえませんか」 「え、いや、それは俺はいいけど、高橋、お前の方が……」 「僕もいいです。  それで、出来れば読むだけじゃなくて、再現もしたいです」 心臓が飛び出しそうになりながらも、周りに聞こえないように小さな声で付け加えると、先輩が息を飲んだのがわかった。 「よし、わかった。  じゃあ、うちに来い」 「はい!」 そうして僕たちは二人で部室を出た。 僕たちが変な意味ではなく仲がいいことはサークルのみんなが知っていて、別に二人で帰っても変に思われないとわかってはいたものの、みんなにあいさつする時は妙に緊張してしまった。 先輩が「早いけど飯食っていこう」と言うので、途中でファストフードに寄った。 正直、緊張で食事どころではなかったのだが、例の再現には体力が必要なのはわかりきっていたので、とにかく少しでも食べておくことにする。 いつもは饒舌な先輩も今日は食事の間ほとんどしゃべらなかったし、カウンター席に座ってしまったので、先輩の表情もろくに見ることができない。 けれどもチラチラと盗み見た限りでは、先輩は何かを考えている様子ではあったが、たぶん不機嫌ではなかったと思う。 食事を終えると、あとは寄り道せず先輩の部屋へと向かった。 部屋に入ると先輩はまっすぐにクローゼットに向かい、 例の本を出してきた。 「高橋、これ」 「ありがとうございます」 いつもより固い表情の先輩から、僕も神妙な顔でマンガを受け取る。 「俺はシャワー浴びてくるから。  もし読んでみて無理だと思ったら、別に再現はしなくてもいいからな」 僕の方はこの本がどんな内容であっても、意地でも再現してやるつもりでいたのだが、ここでわざわざ先輩に逆らう必要もないので、いちおう「わかりました」と答えておく。 先輩が風呂場へと消えてから、僕はマンガを開いてみた。 今回のタイトルは『飼い猫変身編』だった。 扉絵には猫耳猫尻尾の『祐人』と共に、可愛らしい黒猫が描かれている。 どうやら今回は先輩の飼い猫が人間に変身してしまうというストーリーらしい。 今回に限っては主人公の名前も『祐人』ではなく『クロ』と呼ばれている。 マンガを通して読んでみると、先輩がこのマンガを僕に再現させることを躊躇した理由がわかった。 まず何といっても衣装がこれまででもトップクラスの恥ずかしさだ。 僕が『クロ』を演じるためにコスプレするとしたら、身に着けられるのは猫尻尾と猫耳、それに鈴の付いた赤いリボンだけなので、最初からほぼ……というより、完全に全裸だ。 それに冒頭から僕が先輩にフェラチオするシーンがあるし、繋がる体位は獣そのものの四つん這いでのバックスタイルだ。 これまでの僕なら、これを再現するのはちょっと嫌だなと思ったかもしれない。 けれども前回ビッチ編をやった後の僕にとっては、これは前回のよりもずっと再現しやすいものに思える。 確かにやることは恥ずかしいけれども、前回とは違い、今回僕が演じる『クロ』は、ご主人様である先輩のことだけを純粋に慕っているキャラクター設定なのだ。 先輩にかわいがってもらうのも、先輩に抱いてもらうのも大好きで、先輩に喜んでもらえることをするがうれしいというキャラは、僕にとっては全く演技の必要がなく、そのままやればいいだけだ。 これならやれる、と僕が確信したとき、先輩が風呂から出てきた。 僕はマンガを置いて立ち上がると、先輩と入れ替わりで風呂場に向かう。 「僕もシャワー借ります。  衣装、用意しておいてくださいね」 僕が早口でそういうと、先輩はちょっと驚いた顔を見せたもののうなずいてくれた。 脱衣所に入ったついでに洗面台を確認すると、まだちゃんと僕用のピンク色の歯ブラシが立っていた。 そのことにまた勇気をもらいつつ、僕は風呂場に入る。 僕がシャワーを浴びている間に、先輩が脱衣所に入ってきて、すぐ出ていく気配がした。 シャワーを終えて脱衣所に出ると、猫耳カチューシャと猫尻尾、それに鈴の付いた赤いリボンが用意されていた。 体を拭いてから、僕はそれらを順番に身に着ける。 猫耳は特に問題なかったが、尻尾は基本的に服の上から付けるためのものらしく、紐で腰に巻いた後に根元についた洗濯バサミをズボンなどに挟むようになっているので、本来はピンと立つはずの尻尾がだらんと垂れてしまう。 それでもここはやはり僕のやる気を見せるためにもズボンははかない方がいいだろうと思い、しかたなく尻尾は垂らしたままにする。 最後に首にリボンを巻いて、少し迷ってから、タオルで前だけを隠して外に出ることにした。 風呂から出た僕の姿を見た先輩は、神妙な顔つきでうなずいた。 「それじゃ、キッチンのドアが玄関の代わりってことで頼む」 「わかりました」 僕が返事をすると、先輩は僕と入れ替わりにキッチンに出た。 先輩が扉を閉めた後、僕は前を隠していたタオルを置いて、主人を待ち受ける猫のように、手を前についた形で座り込んだ。

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