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第2話
「そなた、少し背が伸びたか」
離れで暮らし始めて早1年。月の明るい夜の下で庭を眺めるのは背が高くなった光長で、紫色の着物が気に入ったのか、小さくなったあの着物を今もまだ着ている。女物なのだが、私も昔気に入っていて母上からよく脱ぐように言われたものだった。
「信義様のようになりたいと思っておりますので嬉しいです」
朗らかに笑い、荒んだ気持ちが和らいでいく。仕事の多さから疲れることが多いが、ここにくると光長の顔を見るだけで落ち着く。
「欲しいものはないか。なにか買ってくるぞ」
離れに戻る度そう問えば、添い寝しか頼まれない。多くを望まない謙虚さ、私を尊重し自分を後回しにする光長を、この一年で深く愛してしまった。私も今年で18となり、そろそろ女を受け入れなくてはならない。興味がないと断り続けてきたが、毎晩女の元へ連れていかれては、匂いのきつい香の中で向かい合わされる。それよりも、この離れで心地よい花の香りのする光長といたかった。
「では、私と寝てくださいませ」
相変わらずそう言って横になる光長に我慢ができず無意識に顔を付けた。口と口が触れ合う音に目を見開き、ゆっくりと体を起こした光長だが、私は気にせず口付けた。
「んっ」
可愛らしい声が聞こえ、体が熱くなる。なぜ光長が女じゃないのだろう。なぜ領民なのだろう。貴族の女ならこんな場所で囲わなくても良いのに。
母上は大の子供嫌いだった。最初に女の着物を着せるほどには特に男の子供が嫌いであった。時を重ねるにつれ、落ち着いたけれど、私以外の男はみな毛嫌いしておられる。
「信義様・・・っぁ」
首元に赤い花を咲かせ、胸元に手繰り寄せる。ふわりと漂う光長の香りはいつも私を狂わせる。
「光長、私のそばを離れないでおくれ」
「・・・はい、もちろんでございます」
袂からそっと指を入れ、優しく触ると艷めく声で可憐に舞う。初めての夜はあちこちから松虫が鳴いておった。
「素敵な庭ですね。」
はだけた着物を着付け直し、私の腕からするりと抜けていく光永に寂しさを感じたが、腰を庇うような歩き方に思わず頬が緩む。もう1度抱き締めたいと立ち上がると、袂の中で紙の触れ合う音が聞こえる。そうだ、彼に渡そうと貰ってきたのだった。
「光長に渡したいものがあるのだ」
私も光長の隣まで歩き近くで腰を下ろす。取り出したそれを光長に渡すと珍しい物を扱うように、透かしてみたり振ったりしている。一通り試し終わると、静かにそれを見つめた。
「これは何ですか?」
「押し花という物だ。その着物に咲いておる松虫草という花の」
「この花は私が捨てられた時に、沢山近くにあったのです」
懐かしそうに押し花を手で包み、大切に扱ってくれるが、私は花に嫉妬してしまった。彼は私のいない過去のことが心に染み付いているのかと。これほどまでに私の心は狭く浅ましい。
「そなたを見つけたのは私だ。これからは幸せにしてやる。過去なんてもう捨てよ」
「はい」
笑顔で涙を流す光長は、月に照らされ光で輝いていた。
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