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第4話

「母上」 光長を振り払い母上の所までは来たが、到着した時には既に息を引き取っていた。 母上の元に静かに座り、極楽浄土に行かれるように祈る。なぜ今日に限って外を出てしまったのか、自分の不運に心底うんざりする。 ここ最近、母上には会っていなかった。光長との時間を少しでも伸ばしたくて必死だったからだ。親不孝者の私にバチが当たったのかもしれない。 ため息をついていると藤原殿が私の側までやってくる。 「母上様自ら毒を飲んだようです。誤報をお伝えして申し訳ありません」 畏まる藤原殿に気を使われるが、あの場でそのような事を言うわけにはいかないだろうから故意に間違えたのだろう。 私を気にしながら立ち話をするが、藤原殿が思い出したように光長の話をする。 「初めてお目にかかりましたが、光長様は信義様の母上様に似ておられますね」 「私も初めて会った時はそう思ったぞ」 「少ししかお目にかかることはできませんでしたが、信義様にも似ておられました。兄弟と言われても不思議ではないほどです」 「そうか?」 「えぇ」 自分の顔などしばらく見ていない。鏡はどこにしまっただろう。 「そういえば少し、揉めていられましたが光長様はよろしいので?」 その言葉で迎えにいくと交わした約束を思い出す。あれからどれほど時間が経ったのだろう。藤原殿にその場を任せ、快く引き受けた彼に感謝しながら急ぎその場を離れる。既に辺りは暗く、不気味な烏が鳴いている。まずは離れに戻ったが彼はいない。 光長を探しにあの橋まで走る。その間、次々と彼の顔が浮かんでは、私のしたことを悔いていた。彼は私に無理を言わないが、酷く不安定で、すぐに暗い顔をする弱い子だった。あげた着物の中で自身を包んでは、私が帰って来るまで何も食べず、寝ず、ただ庭に座って外を見ているだけの日もあった。いつまでも何時間でもひたすらそうやって、彼は1年も過ごした。どこに住んでいるかも分からぬ、戻りたいとも言わぬ、それでも私が話すことを嬉しそうに聞いていた。そんな彼が、私を引き止めたのだ。なぜそれをすぐに振り払ってしまったのだろう。母上が危篤だと分かっていても、彼への配慮が足りなかったのではないか。 後悔だけが頭を過ぎり縁橋まで来るが、彼はどこにもいない。すれ違ってしまったのかと考えるより、もうどこにもいない気がした。どちらかと言えば川でまた流れていそうな気がして。 ポツポツと着物に雨音が響く。それはだんだんと強くなってきて、川の中にも弧を描いていった。これでは光長と出会った日と同じだ。あの日もこんなふうに、憂いを帯びた日だった。いや、今日の方があの時よりもよほど。 もう一度だけ抱きしめることが出来たなら、彼に謝りたい。許してくれなくても、愛してると伝えたい。それだけが私の願いだった。

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