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第18話
「……うん、血色も良いし、体重も少しだけど増えたね」
「おう」
霞 の何度目かの診察。
彼にもだいぶ慣れたらしい律は、多少触れられても嫌がらなくなった。
――少し……いや、だいぶ複雑だが。
「食事は?」
「好き嫌いしねえからバランス良く食ってるぜ。量はまだ少ないけどな」
「ふうん。作ってるのは昴?雪藤 君?」
「俺が作る時も無くはないが……基本、雪藤だな」
「そっか。なら栄養面は問題ないね」
「なんだよそれ」
「だって君、料理苦手でしょ」
コンビニに頼ってたらどうしようって思ってた。
苦笑気味のその声に、少しだけムッとして「ンなことしねえよ」と返す。
「それに苦手じゃねえ。俺はともかく、律はちゃんとしたもの食わせてる」
「はー、全く。律君は当たり前として、これからは自分の身体のことも考えないとダメだよ?」
律君のためにも。
「うっ……そ、そりゃわかってっけどよ」
いつものからかい半分の言葉でなく、医者としての言葉に思わず口ごもる。
「煙草と飲酒もね。長生きしたいなら控えめにしないと」
ほんとにわかってるかなあ。
だんだんと説教臭くなっていくその口調に、最終的にうるせえと強制終了させようと思ったその時だった。
「…………!」
「り、律……!?」
霞の横でじっと話を聞いていた律が、服をくいくいと引っ張ったのだ。
そして、首を横に振り、何か言いたそうに口を開く。
ウチに来てからほぼ初めてに近いその自主的な行動。
思わず呆気に取られた俺達だが、一瞬早く霞の方が動きを再開する。
「ふふ、そっか。ごめんね律君。昴をいじめてるように見えたんだね」
未だ服を掴んだままの手にそっと自分の手を重ねて優しく撫でる。
一瞬びくりと震えた律は、怒られると思ったのか恐々と霞を見た。
「優しいね、律君は」
何故笑いかけられているのか、わからないのだろう。
助けを求めるように、律は俺を見る。
「……律、ありがとな。けど、霞の……あー霞先生の言ってることも正しいんだ」
ぱちくり。
いつものように目を瞬かせた律はやがて、霞に向き直る。
「律君だって昴が元気な方が嬉しいでしょう?」
こく、という頷きに彼はにこにこと微笑む。
「そのためにはさっき言ったみたいに昴自身も身体に気をつけないといけないんだよ」
分かるかな?
それに対しても頷こうとして、俺を見て、動きを止めた。
(……俺がまた怒られると思って……?)
「律……お前が正しいと思ったら、それでいいんだぞ」
答えを促してみるものの、まだ迷ってしまっているようで。
「大丈夫だ。俺は霞に怒られた所で、傷付いたりお前を怒ったりしないから」
「少しくらい傷ついた方が君にはいい薬だけどね」
「霞クンそれ以上言ったら後で診療所行くからな」
「うわ怖ーい」
けらけらと笑ったその様子を見て、律はいつものように首を傾げた。
「とにかく律君。昴が健康的な……えっと元気な生活ができるように、見張っててね」
「出来る?」という問いかけにコクンと頷いた律を霞が褒める。
表情は相変わらず変わらないものの、何となく感じた雰囲気の愛らしさに自然と口元が緩んだ。
「……それじゃ律。俺のこと、よろしくな」
ぱちりと視線が絡む。
大きな瞳がまた揺れる。
再び頷くその姿に、俺も霞も目を細めたのだった。
「律君がですか」
「おう」
夜になり帰ってきた雪藤に昼間の事を話す。
無意識に思い出し笑いをしていたらしい。
良かったですねえ。
嬉しそうな声とともに、彼はちらりと寝室に目をやる。
気持ち良さそうに寝息を立て、丸くなる姿を見て雪藤は目を細め「あ!」と声をあげる。
「なんだ?」
「いえ。本宅へ行ったら凄く美味しいって評判の日本酒を頂いてきたのですが」
減酒するなら今日は止めておきましょうか。
既にテーブルに並んでいた酒類を見て、雪藤は片付けようとする。
その銘柄は確かに少し前、組長 が美味いと言っていたものだ。
「ちょ、まっ……」
慌てて、雪藤の着物の裾を掴む。
「飲んで礼言わねえとマズいだろ」
「律君に誓って約束したんでしょう。健康的な生活をするって」
「した……って、なんで知ってるんだ?」
「霞先生からお電話を頂いたので。昴さん健康になるらしいからよろしく、と」
(アイツ余計なことを……)
いや、確かに律のために健康的な生活をしようとは思う。
思っては、いるが。
人間は早々、染み付いた習慣を簡単に止められる生き物ではない。
「いやあのな、雅 クン。健康的な生活とは言ったが、急に止めるのも身体に良くないと思わないか」
「それだけ飲んでいれば、急ではないので問題ないかと」
「っく……」
元々、俺の食生活に関して不満を持っていた彼はちょうどいい機会とばかりににっこりと微笑む。
「ふふ。これからは律君がいるから偏った食事も取れませんし、一石二鳥ですね」
「うっ……」
律の名前を出されてしまうと何も言えない。
先ほどと同じく嬉しそうな声と表情に思わず律を見つめる。
その寝顔を見ると心が落ち着いてくるのだから、不思議なものだ。
(律ー、雅が俺をいじめてるぞー)
当然の如く、起きるはずのない律はすやすやと夢の中で。
俺は仕方なくやれやれとため息を吐いたのだった。
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