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第17話
「なあ、雅」
夕方、珍しく早めに帰ってきた昴さんはこれまた珍しく頬杖をつきながら俺を呼ぶ。
意図して呼ぶ時は別として、無意識に俺を名前で呼ぶ時。
それは大抵、意見を求める時でかつ悩んでいる時だった。
「なんですか?」
「俺の顔ってやっぱり怖いか?」
「…………は?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
そう思いつつも、真剣な眼差しに突っ込むわけにいかず「そうですねえ」と言葉を濁す。
「怖いか怖くないかだと、怖い方じゃないですか?目付きとか」
そうだよな、という言葉はどこか切なげで。
なんだろう。
今日の彼は珍しいことばかりしている。
そう思いつつ、フォローもこめて「ですが」と言葉を切る。
「この仕事をするには問題ないと思いますが」
むしろ適しているわけで。
「……まあ、そうだよな」
先ほどと同じ返事、どちらかといえば気のない返事に、彼の視線を辿り。
自分の横にいる律君へと流れているそれを見てああ、と納得した。
少し前に買ってきた計算ドリルを頑張って解いている姿はなかなか微笑ましい。
かなり集中しているらしく、俺や昴さんの視線には気付いていないようだ。
天立組だけでなく、他の組からも"紅き狼 "とか色々な二つ名をつけられ、恐れられていた彼がたった一人の少年に頭を悩ませている。
それもまた、微笑ましくて思わず口元が弛んでしまう。
(……律君が来てから昴さん、なんだかんだ嬉しそうだしな)
あの事件から数年。
俺の中でも消化できていないそれを、彼ができるわけがない。
あれ以来、本当の、心の底からの笑顔を俺は見ていない。
けれど、何となく……何となく律君がいれば、昴さんが再びちゃんと笑える日が来るんじゃないかと淡い期待を抱いてしまう。
「……律君」
区切りのいい所で声をかける。
鉛筆を握りしめた彼はぱっと顔をあげてこちらを見た。
「律君は、今も昴さん怖い?」
「なっおい、雅!?」
珍しく焦った、慌てた声が後ろから聞こえる。
律は二三度、その瞳をぱちぱちと瞬かせ、俺の後ろに視線を送る。
じぃっと見つめるその顔に、オーラだけではあるものの昴さんが固まっているのが分かった。
「……あ、えーと……」
本当、今日は雪でも……いや、雹とか氷柱 でも降るんじゃなかろうか。
そう思うほどには、昴さんが戸惑っている。
それでも言葉を待っている様子を見るに、一応聞きたいのだろう、律君と昴さんの視線が交差した。
当の律君は少しだけ首を傾げ、考えるように数秒目を閉じ、やがてふるふるとゆっくり首を横に振った。
「……そっか、ありがとう律君。良かったですね、昴さん」
「…………おう」
照れ隠しだろう、目を逸らしながら呟き、ふう、と彼は息を吐いた。
お勉強邪魔してごめんね。
律君は俺と昴さんを何度か見比べ、ドリルへ意識を戻した。
昴さん、今日は帰ってきたのにおうちでお仕事してる。
だけど、ちょっとだけいつもと違う。
お祭りで着るみたいなお着物を着てて、いつもより緊張しない気がする。
ぱちぱちと見ていたら、顔をあげた昴さんと目が合った。
「……どうかしたか?」
お着物だから?
ふっ、と笑った顔がいつもよりずっと優しく見えた。
「律?」という昴さんの声にふるふる、と首を横に振る。
「そうか」
それからちょっとして、みやびお兄さんがお買い物から帰ってきた。
今はお兄さんが横に座って、お勉強を教えてくれている。
みやびお兄さんが買ってきてくれたお勉強の本。
ちょっと難しいけど、頑張ると二人がたくさん褒めてくれるから、たくさん考える。
考えるのは良いことだってお兄さんが言ってた。
だからたくさん頑張っていたら、お兄さんがぼくを呼ぶ。
なんだろう。
「今も昴さん怖い?」
みやびお兄さんが言った言葉に昴さんは「おい!」って焦ってた。
それで、その後にぼくを見て動くのを止めちゃった。
じぃって昴さんと目が合って、前は固まっちゃってたけど今日は平気だった。
ぼく、お着物だと、やっぱり怖くないみたい。
そう思って首を横に振る。
みやびお兄さんはそっか、って笑って昴さんに何か言ってた。
昴さんはぼくから目をそらして、ふう、って息を吐いた。
ぼく、変なこと言っちゃったかなあ。
でも、お兄さんが笑ってたから大丈夫みたい。
昴さん、明日もお着物だといいな……。
そう思いながら、鉛筆を持ってお勉強の続きをすることにした。
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