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第16話
カラン、とベルが鳴り扉が閉まった。
よお、と声をかければカウンターにいた人物はにっこり微笑む。
「あら、昂牙 ちゃんじゃなーい」
「ちゃん付けはヤメロっての」
「いいじゃないの。しばらくご無沙汰だったし」
寂しかったんだから、と彼……いや、彼女――橘 和泉 は素早くグラスを用意しながら言う。
「あ、悪 ィけど今日は……」
「何よ、アタシとはもう飲みたくないって言うの」
「いや、そーゆーわけじゃねえけど」
あんまり遅くなりたくない。
そう言うと「所帯染みたこと言っちゃって」と言いつつ、酒ではなく烏龍茶を取り出した。
「……まあ今度時間がある時は飲みに来るからよ」
「そ。いつかしらね」
カラカラと、グラスの中の氷が音を立てる。
「それで?昂牙ちゃんが一人で来るなんて珍しいわね」
雅ちゃんとついに破局でもしたの。
いや、だからアイツとはソウイウ関係じゃねえって。
ふうん。
妖しげな笑みを浮かべた彼女は「半分は信じてあげるわ」とタバコを咥える。
「全部信じろよ……ったく」
「冗談はさておき、本当なにかしら?今月の分はちゃんと納めたわよね」
「ああ、そっちじゃなくて。ちょっと私情 で相談したいことがあってよ」
「相談……なーに?」
咳払いをして、本題に入る。
実はな、と律のことを話した。
子供好きな橘に、見つけた時の状況まで話すとぶちギレかねないと思い「虐待を受けていた債務者の子供を引き取った」と少しソフトに説明をした。
(……まあ、それでも十分キレかけてはいたが)
霞 の話に今日までの過ごし方や接し方。
そして、俺といる時の緊張感。
「それで……どうやったら怖がられずに済むかと思って」
なるほど、と呟く彼女に付け加えて話す。
「雅には懐き始めてるから、三人の時は問題ねえんだけどな……」
「雅ちゃんはねえ、そういうお顔してるもの」
子供に好かれるお顔っていうか、ヤクザらしくないっていうか?
「やっぱ顔なのか……」
「まあ子供だもの。顔で判断するのは仕方ないわ」
けど、とタバコの灰を灰皿に落とす。
「一緒に暮らしていれば、そのうち慣れるだろうし……焦る事ないと思うけど」
それじゃあダメなの?
「あー……それもそうなんだけどな」
なんつーかよ、と自然にため息が漏れる。
「こう、モヤモヤする……っつーか、寂しいっつーか」
「ああ、そういうこと」
目を細めた橘は口元に緩く弧を描く。
「それってつまりは"羨ましい"のかしらね?」
「は……?うらやま……?」
「そ。雅ちゃんも律君も、ね」
二人、を……?
そんな不思議な顔をしていたんだろうか。
口をつぐんだ俺を見て、軽く噴き出すとだってねえと笑う。
「そういう……なんていうのかしら一般家庭の風景っていうの?」
貴方が今まで触れてこなかったものだもの。
生まれた時からずっと、天立 の人間に囲まれて、周りの堅気 の子達には一歩引かれてたわけでしょう?
だからこそ、子供の頃からリーダーシップが鍛えられたんでしょうけど。
子供らしさとか甘やかされる前に一人で強くなることを求められてきたから、わからないんじゃない?
とんとん、と灰皿に再び灰が落とされる。
「でも雅ちゃんは最初からこの世界にいたわけじゃないから、甘え方を知ってる。それってね、甘えさせ方もわかってるってことでしょ?」
「……あー……そう、だな」
俺も律を甘やかしているつもりではいるのだが。
口調や雰囲気が、律にそういう気分にさせなかったのかもしれない。
「最初は真似……いや参考にしたらいいんじゃない?雅ちゃんを」
真似はさすがに合わないと思ったのか、参考と言い換えて頷く橘。
「……おう。わかった、やってみるわ」
サンキュな。
席を立ち懐に手を伸ばす。
「お代はほっぺにちゅーで構わないわよ」
とんとん、と自分の頬を指で叩く彼女にくくっと笑みを返し、封筒を取り出す。
「悪ィな律と雪藤 が待ってるからよ」
「あら残念」
「ほらこれで店の奴らと美味いものでも食べてくれ」
「しょーがないわね。受け取ってあげるわ」
「おう。それじゃまた来るな」
「今度は律君と雅ちゃんも一緒にね」
「……律は未成年だから大きくなってからだな」
「じゃあ会いに行くわね!」
(ほんと子供好きだな、こいつは)
「あんまり律がビビらない格好でなら許す」
はーい、と愉しげな声を背にじゃあなと扉を閉めた。
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