21 / 67
第21話
イイコにしていないと、また痛いことされる。
怖いことされる。
捨てられ、ちゃう。
だから、イイコにしなくちゃ。
そう思ったのに、ぼろぼろと涙は止まらなくて。
「っぅ、ふ……っえ」
おとーさん、ぼく、イイコにするから……
だから、だからもうやめて……
"………、……"
また、誰かの声がする。
"……っ…………!"
優しくて温かい、安心させてくれる、声。
ああ……"誰か"じゃないや。
さっきまで、自分であんなに呼んでたのに。
ゆっくりと意識が引っ張られて目を開けてみる。
「………ッ律!!」
すごく焦った顔の昴さんがぼくを覗き込んでいた。
「律!!大丈夫か!?」
温かい手がほっぺに触って、ぼくは思わずその手をぎゅうっと掴む。
さっきまで、あんなに苦しかったのに、昴さんを見たら息をするのが楽になった。
胸の辺りが軽くなって、喉に空気がいっぱい入って。
「………すば、るさ……ッ」
「………!!」
ぐちゃぐちゃと混ざる現実と夢の世界。
混乱していたぼくは、自分が声に出して昴さんを呼んでいることに気づかなかった。
「……り、つ」
戸惑う昴さんに手を伸ばす。
夢、じゃない。
実際のその感触が嬉しくて、そのまま首に腕を回して、もう一度「昴さん……っ」と叫んだ。
雪藤から、今日は別宅に泊まると連絡があって数時間。
そろそろ俺も寝るかと寝室に入り、目に飛び込んできたのは、魘され、苦し気に呻く律。
見た瞬間に肩を揺らし、起こすために名前を呼ぶ。
ぱちりと開かれたものの、その瞳は俺ですらゾクッとするほど暗く深い闇に包まれている。
「律……ッおい、しっかりしろ……!」
「っ、……!!」
あの日、あの部屋で初めて見たのと同じその暗い瞳に、舌打ちをしながら「律!」と改めて名前を呼ぶ。
少し正気に戻ったのか、頬に触った瞬間、手をぎゅうっと握られた。
柔らかさの残ったまだ少し子供らしい手。
少し握り返してやれば、浅かった呼吸が少しずつ安定し、元に戻り始める。
「すば、るさ……ッ」
「り、つ……お前、声……が」
気付いていないらしい律は、俺に抱きつくように腕を回し、俺の名前を叫ぶ。
ホッとしたのも束の間。
「……いで、すてない、で……っ」
今度はぼろぼろと大きな瞳から涙が溢れていく。
あの日以来。
出会った時以来、久々に聞いた、待ちに待った……待ち望んでいたその声が紡いだ言葉はあまりにも哀しみに満ちていた。
「――……大丈夫。大丈夫だから落ち着け」
背中を擦り、あの日と同じく低く静かに語りかける。
「俺はお前を捨てたりなんかしない。独りにしないから」
安心しろ。
「っごめ、なさい……っ」
それでも流れ落ちる涙は止まることなく、律の頬を濡らす。
(…………ッくそ)
俺に夢の中へ入れる能力があったなら。
記憶を変えられる能力があったなら。
今すぐ、辛かった記憶を消して幸せな記憶だけを残してやれるのに。
何もしてやれない、歯痒い事実に苛立ちながら、抱き上げてベッドに寝かせ、そのまま、俺の腕の中に抱き寄せて頭と背中をゆっくりと撫でてやった。
「……律…………」
「ッう、ふ……ぇっく……」
ぽんぽんと赤子をあやすように背中を時折叩きながら、身体を密着させる。
本来の十五歳という年齢ならば、そろそろ男らしい体型になり始める頃だろうが、律はまだまだ華奢で庇護欲を誘う身体だ。
(……小せえ、なあ)
ぎゅう、と強く、けれど優しさをこめて抱きしめる。
お前はもう独りじゃない。
俺も雪藤も、霞だっている。
荒島に南雲、北海もその後を心配しているし、橘も会いたがっている。
それに、何より……ずっと一緒に暮らすためには組長や組員にも紹介しておかなくてはいけない。
天立組の家族として。
そんな想いが伝わることを願いながら、やがて律が泣き疲れて眠るまで、その背中を撫で続けたのだった。
ともだちにシェアしよう!