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第23話

俺は別に、料理が苦手なわけじゃない。 ただ、自分しか食べないものにあまり拘らないというだけで、作る事自体は嫌いではない。 ジュー、と音を立てて焼けていくパンを見ながら、良い焼き加減だと一人頷いた。 一人暮らしを始めても、雪藤がいると大抵俺の代わりに作ってしまうし、彼の前にはアイツが作ってくれていたから、作る機会が少なかっただけだ。 「あー、生クリームとか買っときゃ良かったわ……」 律が好きかどうかはわからないが、あったら喜ぶ気がする。 ついでにアイスやら果物も。 と。 玄関の方から、雪藤の嬉し泣きの声が聞こえてきた。 「……アイツ、泣きすぎだろ」 苦笑しながら、二人を呼ぶために扉を開ける。 「朝メシ出来たぞ」 はーい、という返事とともに雪藤と律が部屋に入ってきて。 「……っ!」 甘い香りにだろうか。 律の瞳が一瞬輝いた気がした。 「悪ィ、今ハチミツしかなくてな」 「あ、果物買ってきましたよ」 ほらとビニール袋を見せる雪藤に「流石だな」と返す。 「切っちゃいますね」 袋から取り出したリンゴやらイチゴやら。 ナイフを取り出し、器用にリンゴでウサギを作り、オレンジを飾り切りしていく。 「……みやびお兄さん、すごいです」 「律君に言われると嬉しいなあ」 元々細かい作業の得意な雪藤は、そう言って笑いながら手際よく完成させていき、フレンチトーストの横に添えていく。 (……なんか、女子の朝メシみてーだな) 「……昴さん?」 くく、と笑みが溢れてしまい、律がぱちぱちと瞬きをしてこちらを覗きこむ。 「ん?」 「昴さんも、ウサギさんあると、嬉しいんですね」 「……!?」 その発言に皿を見て、いつの間にか自分の分まで可愛らしく盛り付けられていたことに驚き、なるほどと合点がいく。 (あー……そっちに取ったか) 律の横では雪藤がそれを聞き、(たの)しげに俺の反応を伺っている。 丸い純粋な瞳を見て、否定できるわけもなく。 「まあ、な……律はウサギ好きか?」 「え、えっとたぶん好き……です」 まだまだ表情には乏しいものの、言葉の端々には少しずつ感情が見え隠れして。 「そうか」 今度何か買ってきてやろう。 そう思いながら、程よい温度になり始めたトーストにかじりつく。 「いただきます」 律も手を合わせて行儀良くトーストにフォークを刺す。 ぱく、と口に含むものの一口の小さい彼は頬に少しハチミツがついてしまった。 「あ、律君ついてるよ」 「ごめ、なさい……ありがとうございます」 「いーえ」 雪藤も楽しそうに律を世話しながら、食べ始める。 「美味いか?」 「!……はい、おいしい、です」 「ん、良かった」 アイツが大好きだったフレンチトースト。 雪藤も恐らく同じことを思ったらしく、目を細めて微笑む。 「またいつでも作ってやるからな」 その時は生クリームやら何やら、律の好きそうなものを用意しておこう。 リンゴを口に放り込み、律が頬張る姿を見つめながらそう思った。 『本当かい?』 「おー。まだ辿々(たどたど)しいけどな」 『そっかあ。良かったじゃないか』 電話口でも霞が笑っているのを感じ「おう」と返す。 『じゃあ今度の診察の時はお祝いのお菓子でも持っていこうかな』 「ん。なるべく種類多めで」 『はいはい。任せといてよ』 今日も今日とてノートを開き、勉強に勤しむ律を眺めながら霞の声を聞く。 「じゃまあ、頼むわ」 『OK』と明るい返事とともに電話が切れる。 「昴さん」 そのタイミングを見計らってか、雪藤に名前を呼ばれた。 「おお、なんだ」 「組ちょ……いえ、本宅から今日顔を出すように、と」 「……あー、わかった」 仕事を(おろそ)かにしたつもりはないが、何かまずいことをしてしまっただろうか。 (いささ)か不安は覚えるものの、律に気取(けど)られてはいけないと深呼吸する。 「律」 「!……はい」 「俺、今日外で仕事になったから……雅と留守番しててくれるか」 「……わかりました」 少しだけしゅんとしたように見えたが、すぐに元気な返事で頷いた。 「悪ィな。早めに帰るからよ」 さらりとした黒髪を撫でてやり、目を合わせる。 少しとはいえ、その瞳には光が戻り始めていた。 「っ……だいじょぶです、ちゃんと、留守番してます」 ぷいっと顔を逸らす律に「そうか」と微笑む。 「それじゃ、行ってくる。雅も律を頼んだぞ」

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