24 / 67

第24話

「あ!若、お帰りなさいやし」 「おう」 いつもの通り、掃き掃除をしていた彼に声をかけ、中に進む。 結局のところ、呼び出しの意図が正確にわからない俺は、ああでもないこうでもないと悩みながら、組長の部屋の前に正座する。 (ま……いつまでも言わないわけにもいかねェしな) いい機会だと思って。 深く息を吸い込み、「失礼致します」と声を張る。 「天景(あまかげ) 昂牙(こうが)、参りました」 入りなさい。 いつもと同じピシリとした声に、自然と空気が張りつめる。 す、と襖を開け深く一礼し、顔を上げた。 光の具合によっては銀色にも見えそうな白髪をきっちりと整えて、腕組みをした天立(あまだて)組組長 天立(あまだて) 篤昂(しげたか)。 この人の下につくと決め、名前を貰った時から、俺の忠誠心は変わっちゃいない。 だからこそ、何を言われるのだろうと不安に駆られているわけで。 「すまないな、急に呼び出して」 そんな俺の意に反し、彼は「まあとりあえずこっちに来い」と手招きをした。 「失礼致します」 向き合う形となり、威圧感を間近に感じ、色々な意味で再び緊張してくる。 「失礼致します、お茶をお持ちしました」 開かれた障子の向こうから、彼の……恐らくは新しい側近が盆を手に入室する。 「おお。ご苦労」 コトリと置かれた二つの湯飲みと和菓子。 「昂牙さんもどうぞ」 口元に浮かべられた笑みは妙に艶のあるもので。 どこかで会ったことがある……ような。 「……頂きます」 気のせいか……? 一瞬戸惑いつつも、湯飲みを手にする。 側近だろう青年はそのまま、篤昂(しげたか)さんの後ろへと控えた。 「それで、どうだ?最近は」 「今月は今のところ、きっちり回収出来ているかと」 そうか。 緑茶を一口飲み、顎に指をあてて彼は(うな)る。 「…………何か不味い事でもありましたか?」 「いや、な。三日くらい前だったか、雪藤に酒を渡したろう」 「!は、はい頂きました」 「いつもならすぐに連絡を寄越すお前が、全く音沙汰無いのでな……どうしたのかと思ったのだ」 「申し訳ありません……その、少しバタバタしてしまって……」 (……うっかりしてたな……まず律の話をするべきだろうか) どうしたものかと頭を捻るが、なかなか上手い説明が出てこず言葉に詰まる。 それをどうとったのだろうか、「まあ」と篤昂さんは語気を和らげる。 「というのは冗談なんだが」 「冗談なんですか……」 「半分は本気だ」 キリッとして真顔で言われるとどこまでが本当なのかわからない。 すると、深く息を吐いた彼の表情と雰囲気がガラリと変わる。 若かりし頃の、昔彼がまだ"若獅子"と呼ばれていたあの頃に戻ったようなそのオーラに一瞬圧倒されそうになる。 「犀川(さいかわ)を、覚えているだろう」 。 「……忘れるわけが、ありません」 俺を反射的に殺気立たせ、ぶわりと全身の血が騒ぐ。 やれやれとため息を吐いた彼が「落ち着け」と机を軽く叩いた。 「……すみません」 鋭い視線と静かだが圧を含んだ声に、何とか自分を抑え込む。 「無理もないが……」 ため息を吐いた彼は、もう一度こちらを向いて咳払いをした 。 「……あの男が出所したらしい。聞けば今、ウチの地域か周辺地域に潜伏している可能性があるようなんだ」 「…………ッ!!」 「見つけ次第、連絡をするように言ってあったんだが……すでにどこかに(かくま)われているようで、先手を打たれてしまった」 犀川(さいかわ) 大地(だいち)。 犀川グループの御曹司で――俺と、雪藤の(かたき)。 沸き上がる怒りと殺意はこんこんと湧水のようで。 「誰が、かはまだわからん。が、一応気を付けておけよ」 奴の性格だ、次に狙うのはお前だろうからな。 静かな声で篤昂さんが続けた。 「はい、ご忠告真摯に受け止めます」 深々とお辞儀をして、顔をあげる。 「……それで?お前から他に何か報告することはあるか?」 鋭いけれど、先ほどまでと違い少しだけ優しさが滲む瞳。 何もかもお見通しなはずなのに、俺の口から語られるのを待ってくれている。 「――……ご報告が遅れてしまい、申し訳ありません」 迷ったあげく、律と暮らすことになった経緯から現状等を、包み隠さず全てを打ち明ける。 「せめて彼の精神が安定してからご報告しようと、勝手ながらお時間を頂きました」 「……なるほど」 数瞬の沈黙。 「昂牙……いや、昴」 「はい」 「まさか嫁さんより子供が先に出来るとはな」 「……はい?」 「なんだ違うのか」 一瞬ぽかんとしてしまい、すぐさま表情を引き締める。 「となると恋人(イロ)なのか?」 「あ、いえ。その、えーと……」 俺と律の関係。 改めて聞かれると、何なのだろう。 債権者と債務者の息子、親子 義兄弟、主人とペット……? どれもしっくり来ないし、最後に至っては自分で思い浮かべてしまったことすら、苛立ちをおぼえる。 「……まあ、無理に話さんでもいい。ただ、そろそろお前にもそういう安らぎがあればと思っただけだ」 ちらりと控えている青年を見やり、ふっと息を吐いた。 俺にもいつか、そんな日が来るんだろうか。 今朝の光景を思い浮かべ、律の顔を思い出し、笑みが溢れる。 つられたように篤昂さんも口元を緩めた。 「……何はともあれ、しっかり守ってやりなさい」 「はい、有り難うございます」 最後に再び、深く頭を下げたのだった。

ともだちにシェアしよう!