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第24話
「あ!若、お帰りなさいやし」
「おう」
いつもの通り、掃き掃除をしていた彼に声をかけ、中に進む。
結局のところ、呼び出しの意図が正確にわからない俺は、ああでもないこうでもないと悩みながら、組長の部屋の前に正座する。
(ま……いつまでも言わないわけにもいかねェしな)
いい機会だと思って。
深く息を吸い込み、「失礼致します」と声を張る。
「天景 昂牙 、参りました」
入りなさい。
いつもと同じピシリとした声に、自然と空気が張りつめる。
す、と襖を開け深く一礼し、顔を上げた。
光の具合によっては銀色にも見えそうな白髪をきっちりと整えて、腕組みをした天立 組組長 天立 篤昂 。
この人の下につくと決め、名前を貰った時から、俺の忠誠心は変わっちゃいない。
だからこそ、何を言われるのだろうと不安に駆られているわけで。
「すまないな、急に呼び出して」
そんな俺の意に反し、彼は「まあとりあえずこっちに来い」と手招きをした。
「失礼致します」
向き合う形となり、威圧感を間近に感じ、色々な意味で再び緊張してくる。
「失礼致します、お茶をお持ちしました」
開かれた障子の向こうから、彼の……恐らくは新しい側近が盆を手に入室する。
「おお。ご苦労」
コトリと置かれた二つの湯飲みと和菓子。
「昂牙さんもどうぞ」
口元に浮かべられた笑みは妙に艶のあるもので。
どこかで会ったことがある……ような。
「……頂きます」
気のせいか……?
一瞬戸惑いつつも、湯飲みを手にする。
側近だろう青年はそのまま、篤昂 さんの後ろへと控えた。
「それで、どうだ?最近は」
「今月は今のところ、きっちり回収出来ているかと」
そうか。
緑茶を一口飲み、顎に指をあてて彼は唸 る。
「…………何か不味い事でもありましたか?」
「いや、な。三日くらい前だったか、雪藤に酒を渡したろう」
「!は、はい頂きました」
「いつもならすぐに連絡を寄越すお前が、全く音沙汰無いのでな……どうしたのかと思ったのだ」
「申し訳ありません……その、少しバタバタしてしまって……」
(……うっかりしてたな……まず律の話をするべきだろうか)
どうしたものかと頭を捻るが、なかなか上手い説明が出てこず言葉に詰まる。
それをどうとったのだろうか、「まあ」と篤昂さんは語気を和らげる。
「というのは冗談なんだが」
「冗談なんですか……」
「半分は本気だ」
キリッとして真顔で言われるとどこまでが本当なのかわからない。
すると、深く息を吐いた彼の表情と雰囲気がガラリと変わる。
若かりし頃の、昔彼がまだ"若獅子"と呼ばれていたあの頃に戻ったようなそのオーラに一瞬圧倒されそうになる。
「犀川 を、覚えているだろう」
その名前は。
「……忘れるわけが、ありません」
俺を反射的に殺気立たせ、ぶわりと全身の血が騒ぐ。
やれやれとため息を吐いた彼が「落ち着け」と机を軽く叩いた。
「……すみません」
鋭い視線と静かだが圧を含んだ声に、何とか自分を抑え込む。
「無理もないが……」
ため息を吐いた彼は、もう一度こちらを向いて咳払いをした 。
「……あの男が出所したらしい。聞けば今、ウチの地域か周辺地域に潜伏している可能性があるようなんだ」
「…………ッ!!」
「見つけ次第、連絡をするように言ってあったんだが……すでにどこかに匿 われているようで、先手を打たれてしまった」
犀川 大地 。
犀川グループの御曹司で――俺と、雪藤の仇 。
沸き上がる怒りと殺意はこんこんと湧水のようで。
「誰が、かはまだわからん。が、一応気を付けておけよ」
奴の性格だ、次に狙うのはお前だろうからな。
静かな声で篤昂さんが続けた。
「はい、ご忠告真摯に受け止めます」
深々とお辞儀をして、顔をあげる。
「……それで?お前から他に何か報告することはあるか?」
鋭いけれど、先ほどまでと違い少しだけ優しさが滲む瞳。
何もかもお見通しなはずなのに、俺の口から語られるのを待ってくれている。
「――……ご報告が遅れてしまい、申し訳ありません」
迷ったあげく、律と暮らすことになった経緯から現状等を、包み隠さず全てを打ち明ける。
「せめて彼の精神が安定してからご報告しようと、勝手ながらお時間を頂きました」
「……なるほど」
数瞬の沈黙。
「昂牙……いや、昴」
「はい」
「まさか嫁さんより子供が先に出来るとはな」
「……はい?」
「なんだ違うのか」
一瞬ぽかんとしてしまい、すぐさま表情を引き締める。
「となると恋人 なのか?」
「あ、いえ。その、えーと……」
俺と律の関係。
改めて聞かれると、何なのだろう。
債権者と債務者の息子、親子
義兄弟、主人とペット……?
どれもしっくり来ないし、最後に至っては自分で思い浮かべてしまったことすら、苛立ちをおぼえる。
「……まあ、無理に話さんでもいい。ただ、そろそろお前にもそういう安らぎがあればと思っただけだ」
ちらりと控えている青年を見やり、ふっと息を吐いた。
俺にもいつか、そんな日が来るんだろうか。
今朝の光景を思い浮かべ、律の顔を思い出し、笑みが溢れる。
つられたように篤昂さんも口元を緩めた。
「……何はともあれ、しっかり守ってやりなさい」
「はい、有り難うございます」
最後に再び、深く頭を下げたのだった。
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