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第25話

「みやびお兄さん、ぼく、なにかお手伝いしたいです」 朝ご飯のお片付けが終わった後、思いきって言ってみた。 お兄さんは少し驚いてたけど、すぐにっこり笑って「じゃあお願いしようかな」って言った。 掃除機の使い方を教えてもらって、いつも昴さんとぼくが寝ているお部屋をきれいにすることになった。 「……よし」 昴さん、喜んでくれるかなあ。 スイッチを押して、じゅうたんの上をお掃除する。 きれいになっていくそれを見て、もっと頑張ろうって身体を動かした、ら。 どん! 「っあ……」 よろけたのと一緒に後ろにあった本棚に身体がぶつかって、ドサッと本がいくつか落ちた。 大きな音だったから、違うお部屋にいたみやびお兄さんが駆けこんできてくれた。 「大丈夫律君!?」 「みやび、お兄さっ……ごめんなさい……ぶつかっちゃって」 「律君がケガしてないならいいよ」 よいしょ、と散らばった本を拾って、丁寧に元の場所へ戻していく。 ぼくじゃ届かないところはみやびお兄さんにしまってもらった。 そしたら、本からひらりって何かが落ちる。 「みやびお兄さん、これ……」 それを拾って、何気なく見たら。 「ああ、若い頃の昴さんだね。それから」 昴さんと同じ、紅色の髪をした女の人の写真。 その人は昴さんの腕を引っ張ってるみたいで、昴さんは照れてるように見えた。 (なんだろ……胸がもやもやする……) 「――……大事な人。って、律君?どうかした……?」 「っあ、ごめんなさい。ちゃんと、きいてます」 すごく綺麗な人ですね。 そう言うとみやびお兄さんは「そうだね」って何故か、少し哀しそうに目を逸らした。 それ以上は聞いちゃいけない気がして、お写真をお兄さんに渡した。 大事な、人。 その言葉が胸をちくちく刺して、痛い気がする。 今までこんな気持ちになったこと、ないのに。 おかーさんが居なくなっちゃった時も おとーさんにぼくが見えなくなった時も お父さんにお仕置きされてる時も お父さんのお友達にお勉強させられてる時も こんな、胸が……こころがズキズキすることなんて無かったのに。 「律君、大丈夫?顔色が良くないよ」 「!……へーき、です」 心配してくれるみやびお兄さんは「本当?」ってしゃがんで、頭を撫でてくれた。 「おかーさんに似てるな、ってちょっと思ったから……」 嘘ついてごめんなさい、みやびお兄さん。 ほんとは、もうあんまりおかーさんの顔、覚えてない。 「そっかあ、綺麗な人だったんだね」 「はい……」 でも、こころの話をしたらお兄さん、困るかもしれないしまた、哀しそうにするかもしれない。 それならまだ、ぼくだけが痛い方がいいやって思った。 「お待たせ致しました、若」 「悪い……ありがとな、南雲(なくも)」 バタンとドアを閉めて、座席に寄りかかる。 「……大丈夫ですか?」 「――ああ」 窓の外を見つめながら組長の、篤昂(しげたか)さんの言葉を反芻する。 "犀川(さいかわ)が出所した" "次はお前だろうからな" 犀川グループは当時、手広く事業を展開し裏社会とも深く繋がりを持っていた会社だった。 当然、警察は彼らを追っていたが、尻尾を出さない彼らを捕まえる事は出来ずにいて。 「…………」 「若……やっぱりどこか、具合でも……?」 心配そうな南雲の声にはっとして、再び「大丈夫だ」と返答する。 「少し寝不足なだけだ。年取ったら無茶すんなっていう身体からの警告だな」 けらけらと笑って見せれば、まだ何か言いたそうにはしていたものの「そう、ですか」と彼はゆっくりとアクセルを踏んだ。 低いエンジン音とともに車は走り出し、景色が流れていく。 本当は俺があの日、自分の手で犀川を潰してやりたかった。 あの男は。 あの日、俺が彼が用意した(トラップ)に引っかかり出遅れた隙に。 父親に伴われ警察署に出向き、で出頭し、刑務所に入り、鉄壁の中へと逃げた。 「…………(あかり)」 そして、数年で出所したのだ。 アイツを――――俺のたった一人の妹であり、雪藤の恋人だった天景(あまかげ) (あかり)罪を、償う事なく。

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