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第26話

「……若、若。到着しましたよ」 その声に「ああ」と返して車を降りる。 「サンキュ、南雲(なくも)」 いえ、と頭を下げた南雲だが、ふと動きを止めてこちらを見る。 「……?」 「……あまりご無理なさらないで下さいね」 不安そうな言葉にそんな顔をしてるか、と自分の頬を叩く。 部屋で待っている二人にも余計な心配をかけたくない。 「大丈夫だよ、南雲は心配性だな」 「若はすぐ、お一人で抱え込もうとしますから」 「そーかあ?」 「はい。それなりに高い確率で」 「んー……わかった。気をつけるわ」 もう一回礼を言い、じゃあなと歩き出した。 玄関の前。 少し深呼吸してから、扉を開けた。 まだ外に出た事はないが、律用の靴と雪藤の靴。 それから霞の……と、見慣れない靴。 「…………、……!」 部屋の方で何やら声がした。 「……っ!」 "確実にお前を狙う" 頭に響く篤昂(しげたか)さんの声。 嫌な予感が身体を走り、ほぼ脊髄反射で部屋に走り込む。 「律……!!」 バン! 「……は?」 開いた扉の先、俺の目に飛び込んできたのは。 「あ、昴おかえりー」 「あら昂牙ちゃんおかえりなさーい」 律の両隣に座る、(かすみ)(たちばな) 和泉(いずみ)の姿だった。 見知った顔触れに思わず力が抜ける。 「なんだ……お前らかよ」 「なによ、それ」 何とも和やかな光景に、ほぼため息のように息を吐き出せば、雪藤がどうぞと水を差し出してくれた。 「おお、悪ィ」 一気に飲み干して一息つき改めて、その様子に目をやる。 すると、中央にいた律と目が合い、彼が口をパクパクと動かした。 「大丈夫か、律?」 怖がっている様子はないのだが、どちらかというと緊張しているらしい。 こっち来るか? 目だけでそう訴えかけてみる。 と。 「す、昴さん……っ」 「お、おう?どうし、た……!?」 とす。 予想外の身体への軽い衝撃。 続いて、少しの圧迫感。 数秒遅れて、律が抱きついている状況だと理解する。 「……り、律……?」 やっぱり怖かったのか? いや、怯えてる様子はないな……。 何も言わずに、そのまま動かない彼を見て、次に霞と和泉へと目をやる。 二人とも愉しそうな笑みを浮かべているが、同様に何も言わず。 困った俺は雪藤へと視線を送った。 事の起こりは数時間前に(さかのぼ)る。 写真を見た後、妙に元気のない律君。 しかし、それとなく何回か訊ねてみても「へーきです」か「だいじょぶです」しか言ってくれなくて。 本当に何も無いのなら良いのだが、何か我慢しているのなら話は別だ。 (……どうしたらいいかなあ) 写真に関連すること……母親の事を思い出してしまったとか? いやでも、律君が家族三人で暮らしていた頃は普通の家庭だったはず。 困ったな、と考えを巡らせていると、ピリリと着信音が響いた。 「はい雪藤……ああ、先生」 『どうしたの雪藤君。元気ないね』 そんなことは、と返そうとし、はたと思い至る。 霞先生ならもしかしたら解決してくれるかも。 そう考え「少しご相談が」と告げる。 静かに聞いてくれていた先生は『わかった』と言い、ちょうどいいやと呟いた。 「……え?」 『そっちに行くかどうしようか考えてたから、行くことにするよ』 驚きはしたものの、正直解決方法が思いつかないこの状況にとってかなり有難い、のだが。 「えっと、ただ、今昴さん居なくて……」 『大丈夫大丈夫……メールしておくから。それに』 嬉しそうに言葉を切る先生。 『律君にお祝いのお菓子もちゃんと用意したからさ』 あれ?その話してたの今朝じゃ……? そう思うけれど、霞先生のフットワークが軽いことを思い出し「わかりました」と頷く。 『それじゃあ、後でね』 お願いします、と電話を切って一時間ほど。 ピンポーン、とインターホンが鳴る。 「…………?」 首を傾げる律君に「大丈夫だよ」と声をかけ、玄関へ向かう。 「今開けます」 ガチャリ。 「やあ」 「先生いらっしゃ……あ!」 開けた瞬間、びっくりした。 「橘さん!」 霞先生の隣、いつもより落ち着いた、女性らしい格好をした橘さんは軽く微笑む。 「雅ちゃん久しぶり。ごめんねえ急に」 「来る途中でたまたま会ってさ」 大丈夫かしら、という彼――彼女に「はい」と返し後ろを振り返った。 霞先生が一緒だし、律君も怖がらない……はず。 先生が「律君」と奥に声をかけると、何かを察知した彼は部屋の扉の所で半分だけ顔を出し、こちらを見ている。 「律君。この人はね、昴さんと雪藤君のお友達だよ」 ぱちぱちといつものように瞬きをして、先生から俺へと視線が移った。 「うん。怖くない人なんだけど……ご挨拶出来るかな?」 恐る恐る。 慎重に俺の隣に来た律君はそっと「……こんにちは」と彼女を見る。 「あら偉いわねえ!」 その声に彼はびくりと肩を跳ねさせ、橘さんはぱっと口をつぐんだ。 「あ……ごめんなさい」 そして咳払いをして息を吸い、「律君?」と名前を呼ぶ。 「(たちばな) 和泉(いずみ)っていうの。よろしく……ね?」 にこ、と微笑む彼女。 俺の後ろに隠れていた律君は、数秒考えたあと、俺の服をぎゅっと掴みながら、「よろしく、お願いします」と呟くように言った。
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