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第27話

律君が緊張はしているものの、怖がってはいない様子に大丈夫そうだ、と判断し、橘さんも一緒に部屋へと戻った。 「律君、ほんとに声出るようになったんだねえ」 「……は、はい」 良かったねえ。 霞先生の言葉に「ありがとうございます」とお礼を言う律君。 「かすみせんせ、にもいっぱいお世話に、なりました」 辿々(たどたど)しく律君が紡ぐ言葉を、先生は頷きながら聞き「本当に良かった」と微笑んだ。 「昂牙ちゃんがね、律君の事をすごく心配しててアタシの所に相談にも来て……でも」 くす、と口元を緩めた橘さんも初めて会ったばかりだというのに嬉しそうだ。 「律君幸せそうで……心配いらなさそうね」 「は、い……ぼく、昴さんにもみやびお兄さんにもいっぱい、優しくして、もらってます」 そこまで言った所でふと律君が首を傾げる。 「たちばな、おに……おね……たちばな、さんは」 (……迷ったんだね律君) 一体どっちで呼んだらいいのか。 まあ十五歳――しかも、外の世界を殆ど知らない子が、女性の格好をしている男性を見たら、そう判断するのも無理ないだろう。 「昴さんのこと、"こうが"って呼ぶんですね……?」 「え?ああ、ごめんなさい。そっか……あの子、律君には"昴"って呼ばせてるのね」 「……??」 たくさんの疑問符が浮かんでしまった様子の律君に助け船を出す。 「俺、最初の頃……昴さんを若って呼んでたの覚えてる?」 はい、というと返事と一緒にこくんと頷きが返ってくる。 「俺と昴さんのお仕事上、お外では本当のお名前、内緒にしておきたいんだ」 目線を合わせて、だから、と言葉を切る。 「"昂牙"とか"若"っていうのは昴さんのお外にいる時のお名前。けど、このお部屋にいる時はお仕事じゃないから、"昴"さんなんだよ」 わかったかな? 少し難しかったらしい。 完全な頷きではなかったけれど、小さく頷いた律君は再び橘さんを見る。 「アタシは外で会うことが多いから……つい昂牙ちゃんって呼んじゃうの」 混乱させてごめんね。 ふるふると首を振った律君を「可愛いわねえ」と橘さんが目を細める。 そんな微笑ましい光景の最中、霞先生が律君に気づかれないようにと服をくいっと引っ張った。 それを合図に立ち上がる。 「……じゃあ俺、ケーキ切り分けちゃいますね」 「手伝うよ」 「あ、ぼくも……」 立ち上がろうとした律君に、橘さんはそっと呼びかける。 「律君はアタシとお喋り、イヤかしら……?」 その声音は。 哀しそうで寂しそうで。 律君が再び、ふるふると首を振った。 「じゃあ……お喋りしましょ?お話の練習だと思って」 ぱちん、というウインクは律君だけでなく、俺達にも送ったものだろう。 小さな頷きを返し、二人でキッチンへと立つ。 「……上手く、いきますかね」 「初めて会ってどこまで打ち解けてくれるか、ね。けど和泉(いずみ)さんは子供の扱い上手いからさ」 俺らよりは聞き出せるんじゃない? 「だと良いんですが……」 先ほど、橘さんを律君が怖がらないと判断した後。 先生から作戦メールが届いた。 タイミングを見計らって律君と橘さんをペアにし、悩みを聞くという至ってシンプルな作戦が。 ケーキを切り分けたりお菓子を並べたり。 さながらパーティーでもするかのような皿の盛り付け。 (……まあ、お祝いだし、いっか) 甘いものがあまり得意でない昴さんが見たら少し引きそうだが。 恐らくは律君のためだと食べるに違いない。 「楽しそうだね雪藤君」 「え?ああ……甘いもの頑張って食べる昴さん想像したらつい」 「ふふ。一応、昴用に甘くないのも買ってあるよ」 霞先生が違う皿に分けてくれていたらしい。 ちょっと残念に思いつつ、そうなんですかと笑い、ちらりと二人の様子を伺う。 仲良く……とまではいかないが、だいぶ緊張は(ほぐ)れているように見えた。 (さすが橘さん……) 子供好きを公言しているだけあって手慣れている。 昴さんが見たら嫉妬するな……。 そう思いながら、そっと会話に耳を澄ませてみた。

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