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第29話

「困ったことになったね」 霞先生が目を覆い天井を見つめる。 「そうねえ……どうしましょう」 橘さんは頬杖をつき、クッキーを割った。 「え、と……」 そんな二人を見比べ、俺を見る律君。 困ったことになった。 先生の言葉を頭の中で繰り返す。 話としては簡単で――――要するに、作戦の基盤となるだろうというものが三人とも律君に合いそうにないのだ。 そもそも、霞先生は人間の身体には興味はあるけど、身体そのものが好きで個人として愛することは、ほぼないというし。 橘さんは、狙いを定めたらあとは捕まえるだけよと律君には難しいだろうし。 俺はといえば、恐らくこの中ではましな方であるものの、(あかり)は律君と違ってどちらかと言えば猫のような、気まぐれさがある女性だったし。 昴さんの性格を考えれば、直球がベストだろうか。 しかし、すべてが初めてだろう律君に、直球作戦(それ)を求めるのも可哀想な気がする。 ああでもない、こうでもない。 三者三様頭を悩ませ、考えていた時だった。 他でもない律君が、「あの」と口を開く。 「なあに、律君」 橘さんが柔らかな声音で問いかける。 「ぼく、やっぱり……」 気付いてもらえなくてもいい。 そう言おうとしていることは明白だったが、素早く反応した人物がひとり。 「ダメよ、律君!」 彼女の声に律君は肩を揺らす。 ごめんなさい、と息を吐いてから彼の名前を呼ぶ橘さん。 「恋って……愛情ってね、素晴らしいものなのよ?」 律君がぎゅ、と握りしめていた拳を撫でながら優しく、彼女は語る。 「律君はもちろんだけど……私たちはあの子にも、にも幸せになってほしいの」 だから、そんなこといわないで? 真剣な声に律君は瞬きをして、目を逸らしたが、やがてゆっくり「ごめんなさい」と頷いた。 「謝らなくていいのよ、良い案が思いつかないアタシたちが……――――あ!」 ぱん。 なにやら思い付いたらしい。 彼女は「ふふっ」と笑い、ちょっと待ってねとの準備を始めた。 『待って夏木君……!!』 階段の上からセーラー服を着た少女が叫ぶ。 夏木、と呼ばれた少年は立ち止まりはしたものの、振り向かない。 『……君にはもっと、相応しい人がいるよ。僕なんかより』 そんな言葉に少女は『違う』と首を振り、階段を駆け降りようとした。 『っあ……!』 慌てた彼女が足をもつれさせ、バランスを崩す。 『っ……』 少年はひらり、と身を翻し彼女を抱き止めて床へと倒れこんだ。 叩きつけられるふたり。 『っう……大丈夫、か……?』 『ごめ、なさい……ありがとう』 身体を半分起こし『それより夏木君ケガは……?』 と触れる彼女を少年は静かに優しく抱きしめる。 『……無事で良かった』 今俺たちが見ているのは所謂(いわゆる)恋愛ドラマ、の中でも青春というか若々しさが滲み出ている学園ものである。 「この俳優の男のコ、可愛くて大好きなのよ」 うふ、と笑う橘さんは乙女な表情をしている。 「ぼく、階段から、落ちたらいいんですか……?」 乙女モードな彼女をしり目に、律君は真剣に呟く。 「やあね、そんな事させたらアタシたち昂牙ちゃんに殺されちゃうわ」 ね、と話を振られた霞先生が「そうだよ」と頷く。 「大丈夫、そんな怖い作戦は立てないから」 橘さんのアイディア。 それは"キュンとする恋愛ドラマでお勉強しましょう!"だった。 『きゅん……?』 『それはね……』 瞬きする律君に霞先生が説明している間に、俺と彼女で観るものを選別していく。 『有名どころなら、ハズレはないと思うんですが』 『そうねえ……律君の悪影響にならずかつきゅんきゅん……学園モノかしら』 とまあ、こんな様子で現在それを観ているわけである。 律君は"お勉強"と言われたからなのもあるんだろうが、すごく真剣な顔をして画面を見つめている。 (たぶん実際の出来事だと思ってるんだろうなあ……) 表情豊か、とまでは行かないが次第に滲むようになった彼の喜怒哀楽の雰囲気。 今は少し切なく思ってるんだろうか。 顔が哀しそうに見える。 (……こういうドラマで感情を学ぶのもいいのかもしれない) 今度昴さんに相談してみよう。 そう思いながら、俺も再び画面を見つめた。 「だいじょぶ、ですか、たちばなさん」 見終わった後、感動したと泣く橘さんに律君がハンカチを渡す。 「ありがとう……律君は、ほんといいこね……」 その様子を先生と二人で眺めながら、「やっぱり王道路線が一番ですかね」と話し始めた。 「そうだねえ。昴もあれで結構鈍感な時あるし」 「少し奇をてらって……でも王道なのがいいと思うわ」 復活した橘さんも加わり、話が進んでいく。 「ふふ。あとは律君次第だけど……頑張ろうね」 恋愛ドラマを観たからなのか、少し照れてる様子を見せながら「はい」と律君は頷いた。

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