30 / 67

第30話

「昴さん、そろそろ帰ってくるかな」 みやびお兄さんが時計を見て呟いた。 「大丈夫かい、律君。緊張してるね」 「え、えと……はい」 かすみ先生が優しく背中を撫でてくれる。 「こういう時は勢いも大事なのよ」 たちばなさんはコップにジュースを注いでくれた。 「ありがとうございます……」 甘いジュースのはずなのに、何も感じない。 まだ昴さんのところに来てすぐくらいの時、昴さんといるとからだが固くなってたことを思い出した。 ほんとはたぶん、あの頃から、昴さんのこと……好きになってたのかもしれない。 きゅ、とコップをにぎって息を吐く。 「……昴、さん」 作戦確認しておこうか。 固まってたぼくを心配してくれたみたい。 みやびお兄さんとかすみ先生とたちばなさんとお話してたら―――― ――――バタン、と大きな音がしてみんなで顔をそっちに向ける。 「 律……!!」 すごく焦った顔で、昴さんがお部屋の中に入ってきた。 びっくりして固まっていると、両側にいたかすみ先生とたちばなさんが「おかえり」って笑う。 ぼくも言わなきゃって思ったけど、言葉がでなくて。 (し、しんこきゅうしなきゃ……っ) でも全然おちつかなくて。 どうしよう、って思ってたら昴さんがふうって息を吐いて、みやびお兄さんがお水を渡していた。 飲み終わった昴さんがこっちを見て、ぱちっと目が合う。 どきん、と心臓が跳ねる。 「大丈夫か、律?」 心配そうな目。 "こっちに来るか?" そう呼ばれている気がしたぼくは、せっかくみんなで考えた作戦を色々と飛ばして、気付いたら「昴さん……っ」と叫んで身体を動かしていた。 「どうし、た……!?」 びっくりした声が上から聞こえる。 (昴さんの、匂い……) ぎゅう。 抱きついていた腕に力を入れて身体をくっつける。 「……り、律……?」 少ししてゆっくりと優しく、髪を昴さんの手が撫でてくれた。 「あー……えっと、寂しかった、のか……?」 ごめんな。 ふるふる、と顔をつけたまま首を横に振る。 「ちが、い……ます」 どきどきしながら、上を向いたら。 昴さんの綺麗な()がぼくを見ていて、言葉が出てこなくなる。 「すば、るさ……ん」 「……ん?」 どうした? その声が、あまりにも優しくて(あった)かくて。 「――――ぁ…………なんでも、ないです」 ぼくの言葉に、一瞬きょとんとした昴さんはすぐに「そうか」と喉を鳴らして笑った。 そしてぼくの背中をとんとんしながらかすみ先生たちを見る。 「……ったく……純粋でカワイー律君にワルイコト教えたのは誰かなー?」 「やーね、嬉しいくせに」 「そーそー。素直に喜びなよ」 かすみ先生とたちばなさんが笑う声がする。 「うるせ、バカ」 「……っ!」 ぎゅ、と抱きしめられて昴さんの顔が見えなくなった。 とくとく。 昴さんの心臓の音。 あれ?この間より、ちょっと速い気がする。 もしかして、昴さんも"きんちょう"してる……? よいしょ。 少しだけ上を向いて見つめてみるけど、顔はいつもと変わらないみたい。 「……あー、雅」 「はい」 「この間の……組長(オヤジ)から貰った酒、出してくれ」 「え、まだ夕方ですよ……?」 みやびお兄さんの驚いた声。 (そっか、いつもはお酒って夜になってから飲むもんね) ちょっとだけ落ち着いたぼくは、昴さんの腕のなかでそんなことを考える。 「いいから。出してくれ」 「……わかりました」 「お前らもどうだ?」 特別に飲ませてやってもいいぞ。 その声はすごく、ご機嫌に聞こえた。

ともだちにシェアしよう!