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第30話
「昴さん、そろそろ帰ってくるかな」
みやびお兄さんが時計を見て呟いた。
「大丈夫かい、律君。緊張してるね」
「え、えと……はい」
かすみ先生が優しく背中を撫でてくれる。
「こういう時は勢いも大事なのよ」
たちばなさんはコップにジュースを注いでくれた。
「ありがとうございます……」
甘いジュースのはずなのに、何も感じない。
まだ昴さんのところに来てすぐくらいの時、昴さんといるとからだが固くなってたことを思い出した。
ほんとはたぶん、あの頃から、昴さんのこと……好きになってたのかもしれない。
きゅ、とコップをにぎって息を吐く。
「……昴、さん」
作戦確認しておこうか。
固まってたぼくを心配してくれたみたい。
みやびお兄さんとかすみ先生とたちばなさんとお話してたら――――
――――バタン、と大きな音がしてみんなで顔をそっちに向ける。
「 律……!!」
すごく焦った顔で、昴さんがお部屋の中に入ってきた。
びっくりして固まっていると、両側にいたかすみ先生とたちばなさんが「おかえり」って笑う。
ぼくも言わなきゃって思ったけど、言葉がでなくて。
(し、しんこきゅうしなきゃ……っ)
でも全然おちつかなくて。
どうしよう、って思ってたら昴さんがふうって息を吐いて、みやびお兄さんがお水を渡していた。
飲み終わった昴さんがこっちを見て、ぱちっと目が合う。
どきん、と心臓が跳ねる。
「大丈夫か、律?」
心配そうな目。
"こっちに来るか?"
そう呼ばれている気がしたぼくは、せっかくみんなで考えた作戦を色々と飛ばして、気付いたら「昴さん……っ」と叫んで身体を動かしていた。
「どうし、た……!?」
びっくりした声が上から聞こえる。
(昴さんの、匂い……)
ぎゅう。
抱きついていた腕に力を入れて身体をくっつける。
「……り、律……?」
少ししてゆっくりと優しく、髪を昴さんの手が撫でてくれた。
「あー……えっと、寂しかった、のか……?」
ごめんな。
ふるふる、と顔をつけたまま首を横に振る。
「ちが、い……ます」
どきどきしながら、上を向いたら。
昴さんの綺麗な瞳 がぼくを見ていて、言葉が出てこなくなる。
「すば、るさ……ん」
「……ん?」
どうした?
その声が、あまりにも優しくて温 かくて。
「――――ぁ…………なんでも、ないです」
ぼくの言葉に、一瞬きょとんとした昴さんはすぐに「そうか」と喉を鳴らして笑った。
そしてぼくの背中をとんとんしながらかすみ先生たちを見る。
「……ったく……純粋でカワイー律君にワルイコト教えたのは誰かなー?」
「やーね、嬉しいくせに」
「そーそー。素直に喜びなよ」
かすみ先生とたちばなさんが笑う声がする。
「うるせ、バカ」
「……っ!」
ぎゅ、と抱きしめられて昴さんの顔が見えなくなった。
とくとく。
昴さんの心臓の音。
あれ?この間より、ちょっと速い気がする。
もしかして、昴さんも"きんちょう"してる……?
よいしょ。
少しだけ上を向いて見つめてみるけど、顔はいつもと変わらないみたい。
「……あー、雅」
「はい」
「この間の……組長 から貰った酒、出してくれ」
「え、まだ夕方ですよ……?」
みやびお兄さんの驚いた声。
(そっか、いつもはお酒って夜になってから飲むもんね)
ちょっとだけ落ち着いたぼくは、昴さんの腕のなかでそんなことを考える。
「いいから。出してくれ」
「……わかりました」
「お前らもどうだ?」
特別に飲ませてやってもいいぞ。
その声はすごく、ご機嫌に聞こえた。
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