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第31話

「律はジュースな」 ほら、と渡してやると「ありがとうございます」と受け取った律はコップに口をつける。 その様子を微笑ましく見ていると、不意に視線を感じぱっとそちらを見る。 何も言わないが、霞も橘も、口元に笑みを湛えていて。 続いて雪藤を見るも、彼は彼でにっこりと微笑む。 (ったく、コイツらは……) 一体何を教えこんだのだろうか。 他にも色々と、余計な知識を植え付けられていそうな気がする。 律をどこに向かわせたいんだお前ら。 そう言いたいのは山々だが、何分、律が甘えてくれるという状況。 なかなか悪くないと思ってしまう自分がいるのも事実で。 「昴さんも、ケーキ食べます、か?」 「ん、ああ……」 普段なら絶対食わねえ、生クリームが乗ったそれも律からだと思えば、平気になるのだから不思議だ。 「あ、あと昴さん……」 「なんだ?」 「ぼくのイチゴも、食べてください」 差し出されたのはケーキの上に乗っていた、真っ赤なイチゴ。 ショートケーキのメインというべきそれに、さすがにいやいやと否定する。 「一番美味しい所だろ?イチゴが嫌なら食ってやるけど……」 「えと……その……」 す、と目を逸らした律の頬に朱が差した。 「……?」 「"あーん"って、したいんです」 一瞬、俺の中で時間が止まる。 意味がわからなかったわけではないが、理解が遅れてしまったのだ。 「あー……その、うん。律クン」 「は、はい……?」 「……ふたりきりの時なら歓迎するから、それはまた今度、な」 あまり否定や拒絶に近いことはしたくなかったが、今回ばかりは仕方ないだろう。 これ以上、可愛らしい事をされるのは俺の身体に悪いし、何より(たの)しそうな外野にその姿を晒したくない。 「……そう、ですか」 ごめんなさい。 (…………うっ) 罪悪感がふつふつと湧いてくる。 紛らわすために、しゅんとしてしまった律の頭をそっと撫でてやり、名前を呼ぶ。 こちらを向くその顔は、叱られた仔犬のようで。 (……可愛い) まさか俺が子供を可愛いと思う日が来るなんて。 (……いや、今の"可愛い"はそっちじゃねえな) どちらかと言えば、守りたいと感じるそれではなくむしろ、悪戯してしまいたくなるような、そんな感情。 (こーゆーカンジ、なんつーんだっけな) うーん、と頭を捻りつつ、律を撫でていると霞が俺を呼ぶ。 「ンだよ」 「いや、律君眠そうだよって言ったんだ」 ふと視線を下に戻すと、確かに律は俺によりかかり始めていた。 しぱしぱと瞬きするその姿は、何とも庇護(ひご)欲を誘うもので。 「あらあら、ずっと気を張ってたから疲れちゃったのね」 「オメーらが律で遊ぶからだろうが」 「あら!違うわよ?」 何やら語る橘をしり目にちら、と雪藤を見れば彼はすぐさま「どうぞ」と俺の羽織を持ってくる。 「サンキュ……っと」 ふわり。 包み込むようにかけてやり、背中をとんとんと擦る。 「ん……すばるさん……」 「おー」 「すばるさ、ん……」 とろんとした瞳に俺が映っている。 「………… 」 律の呟いたその言葉は俺の耳には届かず、空気に溶ける。 「律……?」 「……すー」 「ありゃ、寝ちゃったねー」 くす、と霞が笑う。 「頑張ったものね、律君」 お疲れさま、と橘は軽く髪に触れた。 「褒めてあげてくださいね?昴さん」 雪藤までも、そうやって俺に笑いかける。 果たして本当に、何があったんだろうか。 腕のなかで眠る律を見つめ、ベッドに連れてくかと抱き上げながら、さて空白の時間を彼らに問うべきかと悩むのだった。

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