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第32話

「それで?」 穏やかではあるが、少し威圧感のあるその笑み。 "全部話すよな?"というそれであることはわかっていたものの、律君の気持ちを考えて「何のことですか」とあえて(とぼ)けてみる。 「……言わせる気か」 すい、と逸らされた視線に加え、拗ねたようなその顔に思わずふふっと声が出てしまった。 「笑うなよ」 「すみません、昴さんが子供みたいな顔するのでつい」 はあ。 ため息を吐いた彼はちら、とソファーに目を向ける。 そこには律君同様、慣れないことをして疲れたのだろう霞先生と珍しく酔いの回った橘さんが横になっていた。 寝室から持ってきたブランケットを二人にかけ、窓際に腰かけていた昴さんの側に行く。 若干滲み出ている、不機嫌そうなオーラ。 それはたぶん、夕方の出来事よりも俺たちが二人を見ていたことよりも、きっと自分が不在の間に律君が橘さんや霞先生にとてもによるものだと思う。 要するに嫉妬なのだろう。 本人も気付いていないだろうが。 (うーん……どうしようか) 二人に当たるわけでなく、自分の中にその感情を抑え込もうとして出来ない。 普段の昴さんからしてみれば、珍しい。 ああでもないこうでもない。 数瞬迷い、考えた結果。 「――――……律君が」 「律が?」 「昴さんにお礼をしたいというので、皆でお手伝いしたんです」 少しだけ嘘を混ぜて伝えてみた。 あながち完全な嘘でもないけれど。 「…………」 「最初はすごく警戒してましたけど、橘さんが昴さんを褒めるので……それで律君も安心したのかと」 昴さんはその説明にちょっとだけ目を丸くし、やがて軽く息を吐いた。 「……そうか」 外を見たままの彼にあと何か上手い言い方は、と迷っていると「あのな」と先に昴さんが口を開いた。 けれど、いつまで経ってもそれに続く言葉はなく。 「昴さん?」 「あのな……(みやび)」 目を逸らしたまま、呼ばれる自分の名前。 「……!」 その声に含まれた、少し暗い雰囲気に思わず息を飲む。 切れ長のその()はどこか哀しげで、苦しそうで。 「……アイツが、犀川 大地(あの男)が……出所したんだとよ」 「…………っ」 その名前に、あの日の記憶が(よみがえ)り慌てて首を振る。 「……アイツがお前らに何かする前に、今度こそ確実に潰すつもりだけどよ」 一応、気をつけとけ。 「……はい」 色々な感情がごちゃ混ぜになり、小さな声で返事するのがやっとだった。 あ、そうか。 不機嫌さの中にあった、嫉妬以外の負の感情。 もし今律君に何かあったら……いや、になったら彼は……。 警戒心から来る不機嫌さも混じっていたのだろう。 その姿はあの頃――(あかり)を亡くした当初――の昴さんに戻ったようにピリッとしていて。 「……昴さん」 何故だか遠い人のように感じてしまった俺は気づけば自然と、彼の名前を呼んでいた。 ん? ゆっくりと彼が振り返る。 「その……今は俺もいますから……だから、一人で無茶しようとしないで下さい」 あの日の光景が頭を(よぎ)り、思わず口にすればいつもと同じ、昴さんらしい顔で「ああ」と頷く。 「――――律を……いや、お前らを独りにするようなことはしねェから、安心しろ」 な? 自信たっぷりな笑みを浮かべてそう言うと、俺たちももう休むかと立ち上がる。 「片付けはしておくので、先に休んでください」 「あとゴミ捨てくらいだし明日で……」 「ダメです。律君の教育的に良くないですよ?」 「あー……わかったよ」 する、とテーブルの缶に昴さんの手が伸びる。 「やっておきますから……」 「二人の方が早い」 きっぱり言い切ったその姿に、先ほどまで感じていた"遠い人"になってしまった感覚はなく。 (…………大丈夫、ですよね……?) 昴さん。 今度は心の中でそっと呟く。 (律君を独りになんて、しないですよね?) 口に出してしまったらフラグになってしまいそうで。 俺はただ、昴さんの背中を見ながら片付けを手伝うことしかできなかった。

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