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第34話

「……、律……起きろー」 「ん……すば、る……さん?」 「おー。はよ、律」 ベッドの端に腰かけ、ぱちぱちと瞬きする彼の髪を撫でてやる。 気持ち良さそうにしていた律だが、ハッと気が付いたような反応を見せると少し照れたように目を逸らした。 「おはよ、ございます……」 「ん。悪ィな、いつもならまだ寝ててもいいんだが……起きてくれるか」 可愛らしい反応に思わず笑みを溢しつつ、そう告げると不思議そうにしながらも「はい」と身体を起こす。 「律……あのな、今日はお前に会って欲しい人がいるんだ」 「会って、欲しいひと……?」 「……ああ、大丈夫だ。怖い人じゃ……あー……"" は(こえ)ェが中身は優しいから安心してくれ」 不安そうな色を残しながらも、やがて「わかりました」と律は頷く。 「それで、な。その人の所に行くにはに出なくちゃいけないんだ」 その言葉にぴくんと肩を揺らす彼。 (……やっぱそうだよな) 長い間、室内で"イヌ"として扱われてきた彼にとっては未知であり怖い世界だろう。 霞からも本人が言わない限りは外出は控えて、と言われたこともあり、今まで外の世界からは離れていた。 一応昨日の時点で、霞には「律君が平気っていうなら」と承諾は得ている。 けれど。 「どうしても怖かったら、また今度にする。けど、俺の大事な人だから……頑張れるなら、会って欲しい」 「だいじ、なひと……」 「おー」 しばらく悩んでいた律は俺の目を見て、もう一度「わかりました」と頷き、「えっと」と再び目を逸らす。 「…………?」 「がんばったら、帰ってきたら……ぎゅ、ってしてくれますか」 無意識なのかアイツら(霞たち)が教えたのか、位置的に上目遣いで紡がれた可愛らしい願い。 「……それだけで、いいのか?」 思わず口から漏れたのは、そんな、言葉。 (何言ってんだ、俺……) 我に返り、訂正しようと口を開こうとしたが、律がぱちぱちと瞬きをしたので動きを止める。 それは、彼が考えている時の仕草だからだ。 「あ、あと……」 「おう?」 「撫でてほし……です」 いつもと同じだな。 くく、と喉を鳴らし「りょーかい」と笑う。 「たくさんご褒美やるから、頑張ろうな」 「良かった、ぴったりだね」 みやびお兄さんが後ろでにっこりと笑う。 ありがとうございます、と振り返ろうとして鏡に映ったドアが開くのが見えた。 「着れたか?」 「……!」 「はい、ちょうど終わったところです」 「おお、似合ってんじゃねーか」 今日は昴さんとみやびお兄さんと同じ、お着物を着せてもらった。 「用意しておいて良かった」 「ありがとうございます」 お礼を言って、ちらりと鏡を見る。 (昴さんと、同じ……) 色は違うけれど、二人とお揃いの姿に嬉しくなった。 (外……) きゅ、と身体が緊張する。 最後に外に出たのは、おとーさんに連れていかれてだったからあんまり覚えていない。 昴さんがいるから、怖くない。 目を閉じて、ふうって深呼吸して、頭のなかで繰り返す。 「……大丈夫か?」 やっぱりやめておくか? その言葉にぼくは、首を横にふる。 「だいじょぶです。昴さん、とみやびお兄さんが、一緒だから……」 一瞬きょとんとした二人は「そうか」「良かった」と笑った。 「……うし、じゃあ行くか」 あ、と昴さんが振り返り、ちょいちょいと手招きされた。 「……?」 何だろう。 ととっ、て走りよってみる。 嬉しそうに笑った昴さんがぼくに手を伸ばす。 「この方が、ちょっとは落ち着くだろ?」 お部屋を出て、えれべーたーに乗ってお車の所まで。 昴さんがずっと手をつないでくれていた。 だからかな。 どきどき、って心臓がうるさくて、お外が怖いっていう気持ちがあんまりわかなかった。

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