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第36話

昴さんも、みやびお兄さんもいつもと違う。 どうしたんだろう……? ぼくもなんだかどきどきして、気付いたら昴さんの着物を掴んでいた。 それを見た昴さんが、目の前に並んでいた男の人達に指示を出して、ぼくの方を振り向く。 「……悪い律。怖かったな」 その声はいつもと(おんな)じで。 ちょっとだけ落ち着いたぼくは、やっとちゃんと周りを見れた。 (……あ、昴さんと、同じ匂いがする) そう思ったらどきどきがおさまって、ふうって息を吐く。 心配そうな顔でみつめる昴さんに「平気です」ってお返事をした。 「でも、ちょっとは……怖かった、ですけど」 少しびっくりした顔をした昴さんはすぐ「そうか」って目を細めて笑った。 三人でお家に入って廊下を歩く。 静かなみやびお兄さんに、どうしたんだろうって心配になったけど、いつもみたいに昴さんが説明してくれて。 「律。ここに座って、俺と同じように頭を下げてくれるか」 「は、はい」 ふう。 深呼吸して、言われたとおりに頭を下げる。 「天景 昂牙、参りました」 「入りなさい」 静かな。 昴さんともみやびお兄さんとも……先生やたちばなさんとも違う、低い声。 おとーさん達とも違う、初めて聞く雰囲気の声に反射的にパッと顔をあげる。 (…………!) 怒られたわけじゃないのに、身体がびくって固まる。 その人の、キリッとした目が怖くてご挨拶できなくて。 どうしよう。 昴さんが隣で何か言おうとしてくれたけど、その人がチラリって見たら、動きを止めてしまった。 そしたら、その人が「ふっ」って笑う。 「こんにちは。初めまして」 (笑いかた……昴さんに似てる……) そう思ったら、さっきまで怖いと思ってたのが嘘みたいに身体の力が抜ける。 「こん、にちは……えと、墨染 律です。昴さんにいつもお世話になって、ます」 「ほお。ちゃんと挨拶が出来るんだね」 偉いなあ。 笑ったその人は、しげたかさんは昴さんをもう一度見た。 「紹介が遅くなって申し訳ありませんでした」 今日の昴さんは、やっぱりいつもと違う。 「いや、お前のこの子の……律君への心遣いだろう?責めることはしないさ」 それより、と言葉を切ってこほん、と咳払いをする。 「お前がいつもと違うから、律君が戸惑っているだろう。今日はもう少し砕けていいから、あまり不安にしてやるな」 ぱちっと昴さんと目が合う。 あー、と目を逸らした昴さんは今度はいつもみたいに「(わり)ィ」と呟いた。 「ぼ……ぼく、だいじょぶ、です!」 昴さんが怒られちゃうと思って慌てて言ったら、くすくすと笑う声がして。 「律君……君はちゃんと、大切にされているようだね」 大切。 その言葉はなんだかちょっとくすぐったくて。 「ありがとう、ございます……」 「篤昂(しげたか)さん……あの」 お話が途切れたからか、昴さんが静かに声を出す。 「ああ、大丈夫。安心しなさい」 用意してあるよ、先に渡しておこう。 しげたかさんが障子の外に声をかける。 「はい」 お待たせ致しました。 黒髪のお兄さんから大きな封筒を受け取った昴さんは二人に「ありがとうございます」とお礼を言った。 「……さて、と。挨拶も終わったし、堅苦しいのはここまでにしよう」 ぱん! しげたかさんが手を叩く。 よく分からなくて、首を傾げていると隣の昴さんが息を吐いた。 「……うし。とりあえずひと安心だな」 (…………?) 昴さんの……その、顔。 安心って、良いことなはずのに少し切なそうに見えた。 気のせいかなあ。 「ご準備が整いました」 襖の向こう側から聞きなれた、みやびお兄さんの声がする。 「準備……?」 「おう。今日はな、皆でお前のためにパーティーすることにしてもらったんだ」 (あ、やっぱり……ぼくの気のせいなのかな) さっきの昴さんの、さみしそうな顔はいつの間にか消えていて。 「ぱ、パーティー……」 「ん。好きなもの好きなだけ食っていいからな」 ぽんぽん。 いつもみたいに頭を撫でてくれるその手が嬉しくて、目を閉じる。 普段より少し長く感じたその時間は、こほん、としげたかさんが咳をしたことで終わってしまう。 「あーお取り込み中悪いが……そろそろ良いかな?」 「あ、はい。すみません」 「ごめんなさい」 「いや、すまないね。せっかくの料理が冷めてしまってはもったいないだろう?」 続きは後で部屋でするといい。 それから、とぼくには聞こえない大きさで昴さんの耳元で何かを言ったみたいで。 こっちを見た昴さんが珍しく顔を赤くする。 「……昴さん?」 「な、ンでもねえ……行くぞ」 「は、い……」 ぎゅって握られた手のひら。 まるでどこにも行くなって言われてるみたいで。 (……昴さん) ぼく、どこにも行かないですよ。 ちょっと熱いその手を握り返す。 驚いたみたいに振り返った昴さんは、口元を緩めて笑う。 「パーティー……楽しめよ、律」

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