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第37話
「こんにちは律君」
「俺らの事、覚えてるっすか?」
「あ、えーと……」
「オイお前ら。そんな矢継ぎ早に行くなっつの」
パーティーという名の宴会。
始まって早三十分ほど。
初めは遠巻きに各々食事していた彼らだが、酒も入りある程度腹が膨れてきたのか、次から次へと律のもとを訪れていく。
最初こそ緊張していた律も、彼らの友好的な雰囲気に少しずつ解れたようで、今では自力で受け答えを頑張っている。
そして現在、律に絡んでいるのは北海 と南雲 。
律と初めて出会ったあの日、俺についていた二人である。
簡単に状況を説明してはいたものの、会わせる機会の無かった彼らは今、嬉しそうに律を取り囲んでいる。
「律、素直に知りませんっつって良いんだぞ」
あの時、あの暗闇の中で声しか聞こえていなかった彼に、覚えているかというのは酷 だろうと助け船を出す。
「わ、若そんなあ」
「……!」
子犬のような。
そんな目と声に、律が少し反応する。
「お兄さん……あのとき、おへやに来た人ですか?」
「!……思い出してくれたんすか!」
にこにこ笑う北海に、南雲も「僕もいたんですよ」と話しかける。
「えと、助けて、くれて……ありがとうございました」
ぺこ、とお辞儀する姿に二人ともこれまた嬉しそうに笑った。
「元気になって良かったね」
「はい」
ほのぼのとする光景。
律も普段ほどでないにしろ、楽しんでいる雰囲気が滲んできていて。
連れてきて良かった、と胸を撫で下ろした。
その後しばらく。
食べて飲んで談笑してを繰り返し、良い感じに酔いが回ったのだろう北海が再び、律のもとに戻ってきた。
けらけらと笑いながら、話しかけている。
時折律が真剣な顔をして頷き、話に聞き入っているのが見てとれた。
だが、そんな彼が突然、爆弾を落としたのが耳に入る。
「ねえねえ律君」
先ほどよりかなりフランクに話しかける北海。
律は急な変化に戸惑いながらも「はい」と返事をする。
「律君はぁ、昂牙さんのイロなんすか?」
「……!?」
思わず酒を吹き出しそうになる。
一瞬静まる室内。
次第にざわめきが戻ってくるものの聞き耳を立てているのは明白で。
「北海、何言い出して……」
突っ込もうとした矢先、困ったようにこちらを見る律の姿を見て、言葉がつまる。
「えと、いろ、って……」
なんですか?
言い切る前に北海はずずっと律に近づいた。
驚いて固まる彼に、にこっと笑った北海。
嫌な予感がした俺はなにかあった時のために、二人の側に寄る。
「だからぁ……普段ちゅーとか……「雪藤」……っう」
雪藤は優秀だ。
いくら酔っているとはいえ、これ以上変に絡まれてはかなわない。
そう思い、名を呼べば、一瞬で察した彼の手によって北海の意識は闇に落ちた。
しかも、律が俺に助けを求めた瞬間を狙っての事のため、彼の目にはいきなり気を失ったように見えただろう。
「きたみ、お兄さん……!?」
「おや。北海君、酔って眠くなってしまったみたいですね」
「ああ、そうだな」
相槌を返せば、律は「だいじょぶですか?」と不安げな顔をする。
「おー、平気平気。酒っていうのはな、飲み過ぎると眠くなるんだよ」
お前ももう少しオトナになったら分かるからなー。
そう、なんですか……?
そんな風に誤魔化しているうちに、雪藤が「部屋で寝かせてきます」と北海を背負おうとした。
「私も手伝います」
「お願いします」
様子を見ていただろう南雲が、雪藤の反対側の肩を支える。
「頼んだぞ」
はい。
障子が開き、二人が出ていくのを見届け、一息つこうとした瞬間。
くいくい。
着物の裾が引っ張られる。
「あの、すばるさん……」
「ん?」
どうした?
やけに舌足らずな気がするが、気のせい……か?
視線をさ迷わせ、やがて再び俺を見る。
北海が何か言ったんだろうか。
それとも倒れたことを心配して?
若干赤い顔で、もう一度俺の名前を呼び、引っ張ったままの着物の裾をぎゅっ、と握った。
「……あの、いろ、ってなんですか?」
(……やっぱりそう来るかあ)
俺の所にきて以来。
"勉強"を怠らない彼にとって、わからないことに興味を持つのは当たり前のことで。
「あー……知りたい?」
こくん。
可愛らしく頷かれ、なんと答えようかと考えていると、側にいた組員が「いやあ律君可愛いっすねえ」と笑う。
「けどまさか、若が子供を選ぶとは思ってもみなかったです」
「だろうな」
俺だって思ってなかった。
そう告げ、くくっ、といつものように笑おうとして。
くっついていた律が、はらはら泣いているのに気付き、思わず「律!?」と叫ぶ。
どうした!?
なにかマズイことでも言ったろうか。
それとも昔の記憶を刺激してしまった?
色々な可能性が頭を巡り、焦っていると律がふるふると首をふった。
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