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第38話
「律君はぁ……昂牙さんのイロなんすか?」
きたみお兄さんはぼくの目を見て、楽しそうに聞いてくる。
いろ?
いろってなんだろう。
昴さんに聞こうとそっちを見ようとしたら、きたみお兄さんがずずって近づいて。
びっくりして動けなくなったぼくに、お兄さんはにこって笑う。
ちょっと怖くなって昴さんを心の中で呼んだ。
そしたら、きたみお兄さんがいつの間にか眠っていて、みやびお兄さんも昴さんも心配するなって言う。
(二人が言うなら、だいじょぶ……だよね)
とりあえずお水を飲んで落ちつかなきゃ。
コップに手を伸ばして残ってたお水を飲み干す。
あ、れ?
お水を飲んだはずなのに、あつい気がする。
あと、頭のなかがなんだか……夢のなかみたいにふわふわしてる、ような。
気付いたら、昴さんの着物をぎゅってしていた。
「あの、すばるさん……」
「どうした?」
頭がぼーっとして、言いたいことがうまくまとまらない。
優しい瞳 はいつもと同じなのに、なんだかすごくどきどきする。
(あ、そうだ。あれを聞かないと……)
「あの、いろ、ってなんですか」
きたみお兄さんにもう一回聞かれたら、ちゃんと答えないと。
そう思って質問したら「知りたい?」って、困ったように昴さんは笑った。
(聞いちゃ、ダメ……だったのかな)
もしかしたら、"いろ"って怖い意味なのかも。
おとーさんとかお父さんがぼくにしてた、怖いこと?
でもきたみお兄さん、寝ちゃう前にちゅーって言ってた気がする。
それってこいびとどうしがすることでしょう?
あ、そっか。
昴さんとぼく、こいびとじゃない、から。
(いっぱいぎゅってしてくれたり撫でてくれたりする、けど……ちがう、から)
そう思ったら、心がきゅーって苦しくなって、目が痛くなった。
ずきずき、する。
そう思ってたら昴さんと隣の男の人がお話してて。
「まさか子供を選ぶとは」
(そっか。ぼく、こどもだから……昴さん、可愛いって大切だって……言ってくれてるんだ)
じゃあ大きくなったら?
おとなになったら、さよならなの?
急に苦しくなって、目からぽたぽた、涙がこぼれる。
「律!?どうした!?」
そんなぼくを見て慌てた昴さんが、肩に触る。
ごめんな。俺、何かしちまったんだな。
言いながら慰めようとしてくれる昴さんに違うって伝えるために首を振る。
「ちが……っい、ます……!」
「……え?」
「ぼく……っぼく……っ」
なんでだろう。
涙は全然止まらなくて、言いたいことがなかなか言えない。
「おとな、になっても……っすばるさんと、いたいです……っ」
「……!」
とりあえず落ち着け、っていつもみたいに頭と背中を撫でてくれる。
「おま……っこれ、飲んだのか!?」
そしてぼくが飲んでたコップを見て、焦った声で叫んだ。
(ぁ……昴さん……っおこって、る)
嫌われたくない、のに……っ。
「ふ、ぇ……っすば、るさ……」
ごめんなさい。
捨てないで、きらわないで。
だんだん何て言ってるか自分でも分からなくなって。
「あー……いや、大丈夫だから、な?」
目の前がぼやけて、あんまり昴さんの顔が見えなくて。
でもなんだか、昴さんの顔が赤い気がする。
「っふ……ほんと、ですか……っ」
「おー。当たり前だろ?」
前にも言ったが、って小さく笑って。
「俺はお前を捨てたりしないから。安心しろ」
「すばるさん……っ」
ぎゅうって抱きついて、昴さんに頭を擦り付ける。
「あー、よしよし」
ぽんぽん。
いつもと同じ大きい手。
「すばるさん……だいすきです……ずっと、いっしょに……」
ぼくは自分が何て言ったかわからないまま、昴さんにくっついて眠ってしまった。
「いやあ、お酒って怖いっすねえ」
一連の流れを見ていた周りの連中がニヤニヤと笑う。
「うるせー」
「あらら照れちゃって。若もまだまだお若いですね」
俺の膝の上で眠る律を見て、口々にそんなからかい言葉をかける。
目を離した隙に自分のコップと間違えて、俺のコップから酒を飲んだ彼はたっぷり泣いた。
恐らく自分で何を言ってるかしてるか、分からなくなっていただろう律は、それはそれは盛大に俺に愛の告白をして眠ってしまった。
(泣き上戸……なのか、律は)
いやそれより、酒の勢いだろうけれど、ここまで甘えられて告白されて。
感情を動かすなという方が無理な話だ。
(いや、少なからず……俺だって親愛、以上の感情は……)
けれど、果たして律が思っている好きと同じ感情なんだろうか。
赤くなってしまった目元をなぞる。
あの日、律が喋れるようになった時とは、また違う感情がこみ上げる。
灯 がいなくなって以来、久しく感じていなかった、この感情は。
どくん、と自分の鼓動が大きく聞こえた気がした。
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