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第39話

「それでは後片付けはしておきますので」 若はどうぞごゆっくり。 半ば追い出すように素早く動き始める彼らと、未だ傍らですやすやと眠る律を交互に見て「あー」と呟く。 「……じゃあオコトバに甘えて」 お前らほんとにヤクザかと思ってしまうような、そんな笑みに見送られ、俺は律を抱き上げる。 「お。ちょっと重くなったな」 そんな変化が嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。 あの後。 アルコールが回っている律はぐっすり眠り込んでしまい、しばらくはそのまま膝枕をしていたものの、律の普段の就寝時間が過ぎたこともあってお開きとなった。 騒いでてもいいぞ? 今日は俺と律は離れに泊まるから。 言ってから「あ」と心のなかで舌打ちする。 (たの)しそうに笑う男達は、顔を見合せ、こちらを見て頷いた。 「お酒の勢いで襲っちゃダメですよ、若」 「そうそう。いくら"狼"でもそれはただの外道ですからねー」 「るせー。つーか、ンなことするわけねェだろ!」 わいわいとうるさくなる外野にそう声を荒げる。 が。 「ははは、まあまあ昂牙」 凛とした声が聞こえ、反射的にハッと背筋が伸び、声の方向へと意識を向けた。 「!篤昂(しげたか)さん、いつの間に……」 いつのまにやら側にいた篤昂さんが律の顔を覗きこむ。 「うむ。すっかり信頼しきってる寝顔だな」 まるで、孫を見る祖父のような顔で見つめると、いつものキリッとした顔に戻り、静かに俺を呼ぶ。 「……昂牙」 「は、はい」 「優しくしてやるんだぞ」 「……篤昂さんまで……」 俺と律はそんな関係じゃ。 言おうとして、説得力がないことに気付き、もういいやと口をつぐむ。 「――……それではお先に」 失礼致します。 自分でも若干顔に熱が集まるのを感じながら、軽く一礼する。 「うむ」 篤昂さんと他組員の二度目のごゆっくり、という声を背に部屋を後にしたのだった。 ぽす、と律を布団に寝かせ自分も隣へ潜り込む。 しかし。 (……寝れねえ) 思春期の中学生じゃあるまいし。 あのくらいで盛るほど、青くはない。 けれど可愛がっている、大切な存在に好意を示されて平然としていられるほど枯れてもいない。 「ん……」 すやすやと、何も知らずに寝息を立てる律。 いつもと同じ、変わらない可愛らしい寝顔――のはずだが、今は普段より数倍は俺の心を騒がせている。 (っく……) どうしたらいいんだ。 いっそのこと……律がもう少し大人で、ある程度知識があって。 自ら、誘ってくれたなら。 (いや、何考えてンだ俺は……) 律は散々、に傷つけられて生きてきたのだ。 彼が受けた父親からの虐待が、方向だったら、再び傷つけてしまうだろう。 せっかく癒えてきた傷を抉るような真似は、死んでもしたくない。 とりあえず一旦布団から出て、中庭に面した障子を開け、月が浮かぶ空を見上げる。 すると次第に心が落ち着き、冷静さを取り戻していく。 (律は俺が守る……守らなくちゃ、いけねえんだ) ふうう。 深呼吸し、息を整える。 (今はまだ、保護者として……側にいたい) ぱしん。 頬を叩いて何とか煩悩を追い出した。 「これなら、何とか……」 これでダメなら冷水にでも飛び込もう。 なんなら(そこ)にある池でいい。 ちらりと月が浮かぶそれを見やり、「うし」と決意を固めた。 向き合うから意識するのだと今度は律の背中側から、布団に入る。 「ン……すばるさん……」 色々意識し過ぎたせいだろうか。 その寝言さえ、色気のあるものに聞こえて。 (律……頼むから煽らないでくれ……) せっかくの決意が揺らいでしまうから。 心のなかでそう願いながら、緊張が解けたことによる疲れか、俺は知らぬ間に眠りに落ちたのだった。

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