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第40話

???視点 なるべく音が立たないようにと静かに歩く。 たどり着いた先、天立組若頭と彼が一緒に暮らしている少年、律君が休んでいる離れの部屋。 若頭は好意を寄せられているとはいえ――眠っている、抵抗しない人間に手を出すほど、下衆(げす)ではないと思う。 けれど、万が一起きていた時のことを考え、慎重に歩みを進めていく。 そろり。 足音を忍ばせて、そっと障子を開ける。 中を見やると、すーすーという寝息が二人分。 (よく寝てるみたいだ) さすがに入ったら気付いて起きてしまうだろう。 息を殺して、懐からカメラを取り出す。 電気は消してあったが、幸いにも目的であったの顔は月明かりによって判別できた。 シャッター音に注意しながら数枚撮影をして、ある連絡先へとその写真を送る。 数分して携帯が振動した。 "よくやった" メールに書かれていた文字はそれだけ。 けれど、それが示す意味を僕は痛いほど知っている。 (……律君) メールと撮った写真を削除して、来た時と同じように静かに慎重にその場を離れる。 (ごめん……ごめんなさい、律君……昂牙さん) あの人に僕は、逆らえない。 解放されるにはこうするしかないんだ……。 心のなかで、小さく謝罪しながら離れを後にしたのだった。 "ご苦労、よくやった。" からの連絡にそう返信し、先ほど送られてきた写真を見返す。 月明かりに照らされた、まだ少し幼さの残る少年の寝顔。 紛れもない、探していた少年のそれに思わず口元が歪む。 「まっさか、そんなトコにいたとはなぁ……」 ? 画面をなぞり、ククッと笑いが溢れる。 「そりゃ見つからねーわけだ」 天立組以外にもいくつか、オレの言うことを犬達を忍ばせていたが、なかなか手応えがなかった。 だからこそ、やっと見つけた彼に対する思いは増幅する。 「さて、捕まえたらまずお仕置きしねーとなあ。それからもう脱走しないように檻も用意して……」 ああ、その前に隣にいる天立組の若頭――確か天景昂牙とか言ったか。 そいつも何とかしねえと。 ただ、厄介なことに"紅き狼(レッドウルフ)"なんてあだ名がついて広まる程度には奴は強いらしい。 まあ、でも墨染 颯を捕まえた状態であれば手出しは出来ないと思うが。 なにせひとつの布団で寝る仲なのだ、どこまで手を出しているかは知らないが、「渡せ」と言って「はい分かりました」で済む関係とは思えない。 「金で買い取れりゃあ一番楽なんだがなあ」 オレの客みたいに。 "愛玩動物(ペット)"として見た目さえよけりゃ金を積んでくれる(やから)が多いし。 多少オカシくなってても、"人形"として機能すればそれでいいなんてヤツもいる。 どうしたもんかね。 とんとんと机を叩きながら、考えにふける。 と、部屋のドアがノックされ「ご主人様」と呼ぶ声がした。 「あ?なんだ」 「お、お客様がいらしてます。ご主人様にお会いしたいそうです」 「ふうん」 約束はなかったはずだが、と首を傾げる。 「ま、いっか。通せ」 「は、はい」 そして数分後。 ノックの音に続いて、入ってきたのはすらりと背の高い男だった。 「こんな時間に突然すみません」 物腰柔らかなその男はにっこり微笑んだまま、そんな風に言ったかと思うと閉じていた目を薄く開いた。 「貴方は荒島動物訓練所(アニマルトレーニングスクール)にいらした、九泉(きゅうせん)さんで間違いないですか?」 「そうだけど、あんた誰?」 良かった、と再び笑った男はオレの質問には答えず「実は」と話を続ける。 「九泉さん、貴方今……探している人がいるんじゃありませんか?」 「お?おお、けどもう見つかったぜ」 「けれど、困ってらっしゃるのでは?」 緩く三日月のように歪められた口元に、背筋がぞくりと震える。 "天立組 若頭 天景昂牙"という存在に。 「……!」 たった数分前まで考えていたことを、まるで見ていたかのように見透かされ、思わず言葉につまってしまう。 「図星ですね」 何も言えないオレに男は嬉しそうな口調で、しかしこちらを見据える瞳は、氷のように冷たいまま言い放つ。 「あ、んた……いったい」 ああ。 クス、と今度は少しだけ血の通った笑みを浮かべ、男は「申し遅れました」と言葉を紡ぐ。 「(わたくし)……犀川(さいかわ) 大地(だいち)と申します」

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