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第42話
朝、ゆっくり身体を起こすと傍らでは、全く起きる気配もなく律がすやすや眠っている。
(……今日はアイツの所に行くだけだしな)
とりあえずは。
律が行きたい所があれば別だが。
柔らかい黒髪を撫でてやり、ふと思い至る。
(二日酔い……してっかな)
水持ってきてやらないと、と慎重に布団から抜け出る。
「ん……」
身動 ぎした姿に一瞬心配になったが、起きる様子はやはりなかった。
「…………」
そのまま立ち上がったものの、起きた時不安になったら困る、と思い至り、脱いだ羽織を上にかけてやった。
「ちょっと待ってろよ」
そのまま寝ててくれたら有難い。
そう思いつつ、母屋へ向かう。
「おや、若。おはようございます」
「はよ。雪藤起きてっか?」
「雪藤さんですか?ええ、確かお台所にいらっしゃいましたよ」
「わかった、サンキュ」
聞いた通りに台所へ向かい、ガラリと戸を開け目的の人物を呼んだ。
「雪藤」
「若。おはようございます」
「おう。もう朝飯作っちまったか?」
「ええ、若の分はご用意出来てますが……」
いらなかったですか?
そんな彼の言葉に「ああいや……」と否定を返す。
「律の分がまだなら、お粥でも作ってやろうかと思ってよ」
「ああ、そういうことですか」
「愛妻家ですね」
「……うるせえ」
雪藤の隣にいた南雲の言葉に目を逸らせば、数名からニヤニヤとした笑みが返ってきた。
たまらず「お前らちゃんと仕事しろ」と少し強めに吐き捨てたものの、彼らのそれが消えることはなく。
「若、コンロ空きましたよ」
「……おう」
どうぞ。
促す雪藤の声で台所に入り、手際良く作っていく。
「昂牙さん料理できたんですね」
南雲の驚く声。
思わず小さく苦笑してしまう。
「あー……まあそりゃあ、律にコンビニ弁当ばっか食わせるわけにいかねえし」
外食はまだ無理だろうからな。
とんとん、という包丁の音を聞きながら鍋に入れた米の様子を見る。
見守るような温かい眼差しは敢えて無視した。
「――……っと、こんなもんか」
火を止め、味を確かめる。
確かに数ヶ月前――律が来る前に比べれば味付けの加減やら何やら、良くはなっている気がした。
ガラリ。
戸が開いて、部下の一人が顔を出す。
「若。篤昂 さんが今日は離れで食べなさいとのことです」
「おお、聞きに言ってくれたのか。悪ィ」
普段ならば朝夕は揃って皆で食べる、というルールがあるのだが、篤昂さんも律には優しいようだ。
「じゃあそうさせてもらうわ」
時計をちらりと見て、普段律が起きる時間が過ぎていたことに気づいた。
(アイツ規則正しく起きるからな……)
様子見に行くか、と縁側に向かう。
と。
(……北海?)
中に入っていく彼の姿を見つけ、声をかけるか迷ったが。
(まあ北海だし、な……)
昨夜の酔っぱらい状態ならともかく、素面 で変なことはしないだろう。
そう思いつつ、離れへと向かう。
声の様子から察するに、やはり律は起きていたようだ。
律の「だいじょぶです!」という慌てた声に助けに入ってやるかと障子を開け、何気ないふうを装 い話しかける。
ハッとした顔で立ち上がった北海は、俺と入れ替わりに部屋を出る。
「仲直りは済んだか?」
一瞬驚いた様子の北海は「バレてたんすね」と笑った。
忠犬のような、待ってましたと言わんばかりの律のオーラ。
思わず笑みをこぼしかけ、誤魔化すように頬を触る。
酒が深くまで残っている感じはなかったが、顔が赤い彼にやはり具合が悪いのかと不安を覚え、次の瞬間こちらがドキッとさせられた。
「……ふふっ」
「……!律お前……」
自然な、心から出たその可愛らしい笑み。
十五歳という年齢に見合った、少年らしいそれに心臓が高鳴る。
(……っくそ)
可愛い。
今すぐ抱きしめたい。
キスしたい。
そんな気持ちを無理やり理性で抑え込み、平然を装い名前を呼ぶ。
「朝メシ、食えるか?」
「はい、食べられます」
とにかく一刻も早くここを出て、頭を冷やしたい。
だがそんな俺の想いを律は、易々と無意識で砕いていくのだ。
ぎゅう、と握られた着物の裾。
寂しかったかという問いかけへの、視線をさ迷わせてからの、小さい頷き。
外に待機している北海に、朝メシを持ってくるよう頼んだ所で限界が来た。
「すばる、さん……?」
戸惑う声もお構い無しに、腕のなかに律を閉じ込める。
誰にも、渡したくない。
そんな沸き上がる独占欲を感じつつ、自然と溢れた言葉は"大切にしたい"という本心からのものだった。
「ぼく、ちゃんと大切、してもらってますよ……?」
首を傾げる律に説明しようと口を開いた所で、北海が障子を開けた。
空気読めよ、とは言ったものの来てくれなかったら理性がぐらついてしまっていただろうと、安堵のため息を吐いたのだった。
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