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第43話

「朝メシにすっか」 昴さんが目の前に出してくれたお盆には、小さな……お鍋みたいな形のものが乗っていた。 「おなべ……ですか?」 「いや」 小さく笑った昴さんがお鍋の蓋を取る。 温かい湯気と一緒に、美味しそうな匂いがいっぱい広がった。 「……!」 (これ……!) ご飯の白と玉子の黄色に、ネギの緑色。 (ぼくが、最初に作ってもらったごはん……) まだ昴さんのことが怖くて、緊張、してて。 今とは違うドキドキだった頃。 「……律?もしかして、あんまり食いたくないか?」 「あ、違い、ます……っ」 しゅんとしているように見えたぼくは思わず、ふるふると首を振って否定する。 「えと、その……懐かしいな、って思っただけで」 「――そうか」 嬉しそうに笑った昴さんは、スプーンで一口分すくうと――みやびお兄さんがしてくれたみたいに、それを向けてくれる。 「ほら、あーんして」 「ぼ、ぼくもうひとりで……っ」 優しい顔と声で、心臓がうるさくて。 「いいから」 冷めちまうぞ? 昴さんが楽しそうに言うから、恥ずかしかったけど口元にあったそれをぱくっと食べる。 「……おいし、です」 「ん。良かった」 ほんとは……ドキドキし過ぎてあんまり分からなかった、けど。 「懐かしい、な。ほんと」 たった数ヶ月前のことなのに。 呟いた昴さんの目は、あの日と同じ……いや、それ以上に優しく感じる。 「……はい」 それがなんだか、くすぐったくて、ふいって目を逸らしてから頷いた。 「…………律」 昴さんの柔らかい声がする。 ちらっと見ると、ふふって笑いながら「ほら食え」ってまたスプーンが差し出される。 初めて、昴さんがご飯をくれた日。 あの日も昴さんはぼくの目をじっと見てて、食べていいのかなって思った、けど。 (……違う意味で食べづらい……) けど……昴さん、楽しそう。 それにぼくが一口食べるごと、嬉しそうだから何も言えない。 結局、最後までぼくはスプーンを渡してもらえなかった。 「ごちそうさま、でした」 手を合わせると昴さんは食器を横に片付けて、ぼくを見る。 「律、今日は……一緒に、来て欲しい場所があって……外が嫌じゃなきゃ行きてえんだが……」 少し緊張してる、みたいな話し方で昴さんは言う。 だからいつも昴さんやみやびお兄さんがしてくれるみたいに、頑張って笑ってみる。 「……ぼく、昴さんと一緒ならどこでもへいき、ですよ?」 すんなりと出た言葉に、思わず自分でもぱちぱちと瞬きしてしまった。 一瞬固まった昴さんも「おお、そうか」って笑う。 「じゃあ準備ができたら早速行くぞ」 それから、顔を洗ったりお着替えしたり、昨日のお兄さん達にご挨拶したりしながら準備していた、ら。 (……気のせい、かな) なんだかお兄さん達の目が、かすみ先生とかたちばなさんみたい。 「え、と……ぼく、なんか変、ですか?」 お着替えを手伝ってくれていたお兄さん二人に、思わず話しかけてみたけど。 「え、ああいや!その着物、似合ってますね!」 なあ、ってその人は隣の男の人に話しかける。 「ええ、いいと思いますよ!」 慌ててるみたいな二人。 うーん、って首を傾げていた時だった。 目の前にいたお兄さん達が、パッて頭を下げる。 そしたら、いつも聞き慣れてる声がした。 「懐かしい。昂牙さんの若い頃のなんだよ、それ」 「みやびお兄さん!」 「んだよその言い方。まるで今が年寄りみてえじゃねェか」 「昴さん!」 みやびお兄さんの後ろからお部屋に顔を出した昴さん。 お兄さん二人の「おはようございます!」に「おう」って返して、ぼくを見た。 終わったか。 黒っぽいお着物の昴さんは、いつもよりちょっとつよくてカッコいい感じがした。 「……残しといて良かったな、それ」 「お気に入りでしたからね」 二人は顔を見合せて笑い、昴さんがぽんって肩に触る。 「似合ってるぞ、律」 「は、い……ありがとうございます」 同じ言葉でも昴さんに言われるとすごく嬉しい。 「あはは、律君わんこみたいですね」 みやびお兄さんはそう言うと、頭を軽く撫でてくれた。 「おい雅……!」 昴さんが慌てたみたいに、みやびお兄さんをぺしって軽く叩いた。 なんだろ。 おとーさんと一緒だった時は、イヌさんだって言われて、たぶんすごくかなしかった。 でも今はちょっと、うれしい感じがする。 「へいき、です。昴さんも、ぼく、わんこみたいですか?」 「……!?あ、あー……」 がしがしって頭をかいた昴さんは、言いたくなさそうだったけどじっと見つめてたら、ふうってため息を吐いた。 「――……可愛いって意味でなら、そうだな」 「……!」 「~~っ、準備できたなら行くぞ!」 くるって背中を向けてお部屋を出る昴さん。 「ぼく、怒らせちゃいましたか……?」 言いたくないこと聞いちゃったから。 そう思ってたら、みやびお兄さんが「大丈夫」って笑う。 「気にしなくていいから、ね」 行こうかっていうみやびお兄さんに頷いて、お着替えを手伝ってくれた二人のお兄さんにお礼を言った。 「律君、君って……むぐ」 「はは、またいつでも手伝いますよ」 片方のお兄さんの口を抑えて、もう一人のお兄さんが笑う。 「……?はい、ありがとうございました」 ひらひらって手を振るお兄さんにもう一回お礼を言って、みやびお兄さんとお部屋を出た。

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