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第44話

「もう行くのか?」 「はい。アイツにも会わせておきたいので」 後ろで北海(きたみ)南雲(なくも)たちに囲まれている律を見つめて、篤昂(しげたか)さんに視線を戻す。 彼は孫を見つめる祖父のような、優しさが滲んだ顔で「そうか」と微笑んだ。 「……お前が何を考えてるか、分からなくもないが……無理はするなよ」 「――勿論です……律にとって、一番良い道を」 もう一度、彼を見遣る。 雪藤が隣にいるからだろうか、あまり臆することもなく、受け答えしている。 (大人に……いや……どっちかといえは少しはなった、のか) 年齢相応のらしさ。 垣間見えるそれに笑みが溢れる。 そんな自分に気付いたらしい律が、照れたように目を逸らした。 (……可愛いことしやがって) 「律、雪藤。そろそろ行くぞ」 声をかければ北海たちに頭を下げ、走りよってくる。 その姿に再び子犬っぽさを感じ、崩れそうになった表情を隠すために咳払いをする。 「篤昂さんにも挨拶できるか?」 はい、と頷いた彼は「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀をした。 眼光を緩めた篤昂さんは小さく微笑み、名前を呼ぶ。 「律君。君が昂牙を……いや、昴を想うようにこの男が君を想っていることを忘れてはいけないよ」 「はい……?」 「今のまま大きくなって、ってことだよ」 難しすぎたのだろう、頷きながらも首を傾げてしまった律に雪藤がそっとフォローを入れた。 「ぼく、頑張ります」 「ああ。応援しているよ」 再び頷いた律と篤昂さんに挨拶を終えた雪藤を促し、車へと移動する。 雪藤は運転席へ、続いて一緒に後部座席へと乗り込む。 「雪藤」 「はい。承知しました」 にこ、といつもの彼らしい笑みで頷き、エンジンをかける。 ふ、と顔をあげた先で篤昂さんと目が合った。 (俺の考えなんて……) お見通しなんだろうな。 "やれるだけやりなさい" そう言われている気がして、小さく礼を返したのだった。 「昴さん?」 その声にはっとして「どうした?」と隣を見る。 「え、と……こわいかお、してるので」 見上げてくる顔に浮かぶ"不安"と"心配"を拭うために、軽く頭を撫でて口元を緩めた。 「悪ィ、なんでもない。北海達(あいつら)があんまりお前にベタベタしてるから、ちょっとつまんなかっただけだ」 「昴さんヤキモチですか?」 雪藤の楽しそうな、恐らくはフォローの言葉に「おー」と頷く。 「俺に慣れるまでだいぶかかったのに、まさかあんなにすぐ仲良くなるなんてなー」 「あ、えと……ごめんなさい」 しゅん。 叱られた子犬のような表情に、もう少し見ていたいと悪戯心が湧くけれど。 「……怒ってるわけじゃねえよ」 だからそんな顔するな。 妬いてるのは本当で、少し……ほんとに若干イラついた瞬間はあった。 けれど。 それ以上に律が天立(あまだて)組に受け入れられた事が嬉しかったし、何より。 笑顔が見られて――覚えていないかもしれないが――感情を吐き出してくれた。 (俺が腹を(くく)るには十分過ぎるくらいだ……) 若干おろおろしていた彼だったが、心の声が伝わってしまったのか、少し視線をさ迷わせたあと、再び「昴さん」と俺を呼ぶ。 「これから、どこにいくんですか?」 「ちょっとな……紹介しておきたい人がいるんだ」 「紹介……?」 「おー」 ちらりと時計を見て「そろそろ着くな」と呟きがもれる。 「今日は天気も良いから、良かったですね」 「そうだな」 街中を抜けた車は、緑に囲まれた道を走り、やがて目的の場所へと近づいていく。 そして数分。 「よし。着いたよ」 俺と雪藤にとっては見慣れた、丘と風車。 「………!」 初めて見るそれに律の目が輝いた気がした。 「……少し歩くけど、頑張れるか?」

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