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第45話
昴さんの頑張れるか?という問いかけに律君は「はい」とほぼ反射的に頷いた。
これから行く場所は、彼女の一番好きだった場所。
そして彼女の――――
「……雅?」
「ああ、すみません……今行きます」
ここに来ると、昴さんは俺を名前で呼ぶ。
意識的にか無意識かは、わからないが。
車から小さな花束と彼女の好きだったお菓子を取り出し、二人の後を追った。
「大丈夫か?おぶってやろうか?」
「へいき、です」
いくら少しずつ体重も増え、成長し始めているとはいえ閉じこめられていた"七年"という枷は大きい。
半分もいかないうちに律君の顔には疲れが見え、昴さんが心配そうに手を差し出す。
律君は首を振りつつ、けれど、差し出されたその手に軽く触れる。
「でも、あの……ぎゅってしてても、いいですか?」
「ーー……ん、わかった」
少し考えたあとその手を取った昴さんは、たぶん俺と同じ事を思い浮かべているのだろう。
『ね、雅君。手繋いで?』
『あ、うん。どうぞ』
『お前らな、俺がいるの忘れてねえ?』
『あら、兄さんは妹の幸せを見たくないの?』
『……そういう事じゃなくてな』
もしかしたら律君は、彼女と似ているのかもしれない。
だからこそ昴さんはあの日、余計に放っておけなかったのだろう。
ふと、そんな事を考えているうちに二人が目的の場所にたどり着いたらしい、律君が声をあげるのが聞こえた。
(ここに、雅以外と来るのは初めてだな……)
「律。ほら、見てみろ」
目的地――風車に着く頃にはぐったりしかけていた彼に景色を見るように促す。
「……っ!」
丘の上、風車の向こうに広がる小さな街並みを見た律は――疲れはどこにいったのだろうか――先ほどよりいっそう瞳を輝かせた。
「……っきれい……です!」
「気に入ったか?」
「はい!」
「そりゃ良かった」
きらきらした瞳で景色を眺めるその姿に、軽く返したものの、求めていた返事とそれ以上の反応に嬉しくなった。
「昴さん、顔がにやけてますよ」
花束とお菓子を抱え、追いついた雅がくすくすと笑う。
「あ?あー……まあ、今はいいだろ」
「灯が見て笑ってますね、たぶん」
「……あー」
確かに『極道の若頭とは思えない顔ね』とか言われそうな気がする。
それでも。
(律はこういうのが好きなのか……)
尻尾があったらぶんぶんと振っていそうなその姿に、感情が溢れるのを抑えられるわけがない。
「夕暮れ時はもっと綺麗なんだぞ」
けど、それはまた今度な。
横に立っていつものように黒髪を撫でてやる。
気持ち良さそうに目を細めた彼は、少しだけ残念そうにしながらも頷いた。
「こっち来い、律」
「……?」
本来の目的。
俺の覚悟を、心を決めるために。
ガチャリ。
風車の扉を開け、中へ進む。
木の匂いが漂う空間、上へ続く階段を律はぱちぱちと瞬きをして見つめる。
「……」
木特有のぎし、と軋む音に一瞬びくっとした彼だが、後ろにいる雅の「大丈夫だよ」と笑う言葉で落ち着いたようだった。
数分。
小窓のあるその部屋はもちろん、広くはない。
いくら律が小柄とはいえ窮屈な事に変わりはなかった。
「ここ、は……?」
周りを見る律に近くに来るように呼ぶ。
「お墓だよ」
後ろにいた雅が律の疑問に答える。
「おはか……」
察しの良い彼のこと。
何となく誰のものであるか感じとったのだろう。
複雑そうな顔の彼の前で、ひとつの板を外し隠れていた小さな扉を開ける。
「……久しぶりだな、灯 」
(このお姉さんが、昴さんとみやびお兄さんの……)
大切な人。
昴さんが開けた扉の中にあった小さな写真立て。
見た瞬間に分かる、昴さんとそっくりな優しい笑顔。
いつもと同じ……ぎゅってしてくれるときと同 じ、温 かい顔で昴さんが話しかける。
同じなのに……同じだから?
なんだか胸がきゅ、って苦しくなった。
「きれいなお姉さん、ですね」
なんて言ったらいいのか、わからなくて。
つぶやくみたいに言ったら、昴さんは小さく笑った。
「天景 灯 ……俺の妹だ」
そして。
「……!」
くいって引っ張られたと思ったら、昴さんの腕のなかにいた。
上から、昴さんの声がする。
あかりお姉さんにぼくを紹介してくれているみたい。
ぼくもお姉さんにごあいさつしたら、ぽんぽんって頭を撫でてくれた。
「――だから、見守っててくれ。灯」
今度はいつもとは違う、どっちかというと少しピリッとした声であかりお姉さんにおねがいする昴さん。
(…………?)
どうしたのかな。
怖いわけじゃないけど、なんだか変な感じがした。
(……昴、さん?)
「律?」
そう思ってたのが伝わっちゃったのかな。
心配そうなその顔にあわてて「なんでもないです」って首を横に振る。
「……そうか」
言いながらもう一度ぼくの頭を撫でると、昴さんはそのまま――ぼくの頭に手を置いたまま――目を伏せて深く息を吸って、静かに吐いた。
「……うし。もう、大丈夫だ」
その言葉通り?
いつもと変わらない、お部屋にいる時と同じいつもの昴さんに戻っているように見えた。
だから気のせいかな、って思った。
さっき。
昴さんが、ぼくの知らない別の人に見えたこと。
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