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第46話
――某所 九泉 視点
「さいかわ……?」
ニコニコと笑うその男は、あの男――かつての上司でもある、荒島 涼 と同等の雰囲気を感じさせる。
柔和な笑み。
物腰柔らかな口調。
腰の低い態度。
(……なのに、何なんだ?)
氷のような冷ややかさと心臓に拳銃でも突きつけられているような圧迫感。
そして何より。
(ッチ……気に入らねえな……)
支配感とでも言えばいいのだろうか。
服従することが当たり前と思わせてしまうようなその雰囲気に、同族嫌悪か、自然と苛立ちが強くなる。
それを知ってか知らずか、彼はにこにこと笑みを張りつけたままで。
「ご安心下さい。私はそうですねえ、味方……というには信用も信頼もできないでしょうし、かといって敵ではありませんので仲良くして頂きたいのですが」
「……回りくどいなアンタ」
「すみません性分でして」
「オレはそんなに気が長くねェからよ、簡潔に頼むわ」
「なるほど」
そこで初めて人間らしい笑みを浮かべた彼は咳払いをし、改めてこちらを見る。
「それでは簡単に申し上げますと、私と手を組みませんかというお話なのですが」
なんだやればできるじゃねえかと突っ込もうとし、その言葉を飲み込んだ。
代わりに湧いた疑問を吐き出す。
「……手を組む、だあ?」
「はい」
全くもって、話が見えてこない。
そんな状況に自然と更に苛立ちが増していたのだろう、一番近くにいた犬がびくりと肩を揺らす。
その男――犀川とやらはそんな様子を一瞥し、けれども笑みは崩さずに話を続ける。
「貴方にはその"従順な飼い犬"が沢山いらっしゃいますね」
「あ?ああ」
「貴方のためならば、どんなことでも言うことを聞く」
「……まあそういう風に躾てるんでね」
「ええ。存じております」
ふふ。
何が可笑しいのか、楽しそうに微笑んだかと思うと――彼は閉じていた瞳 を薄く開いた。
瞬間。
キン、と空気が冷えた気がした。
「中でも、その情報収集能力はとても優れたものだ」
二歩三歩――彼がこちらに歩み寄り、コツコツと革靴の音が響く。
「"対象 "のもとに静かに潜り込み、欲しい情報を的確に得る」
まるで舞台俳優か何かか、と思わせるような大袈裟な動き。
「任務が終われば、痕跡を残さず気付かれぬ内にその場を去る」
けして大きくはないのに、耳に残る妖しい声音。
「そして何より、主人に対しての絶対的な服従心」
腰を折り、わざとらしい恭 しいお辞儀。
「……例えるならば忍とでも言うべきでしょうか」
気づけば至近距離にいた彼は、オレの耳元へ自分の唇を寄せる。
「そのお力をぜひ、お貸し頂きたい」
男同士だというのに、その声音には思わずぞくりとさせる"何か"があった。
「勿論ただでとは申しません。私には財力と武力があります」
必要なものは私が全て、揃えましょう。
「如何 です?少しは、魅力を感じて頂けましたか?」
「…………」
(まあ確かに……金やら力やらは必要だわな)
けれど。
「オレの飼い犬達に危険はねェのか?」
一応商品でもあるんでね、と付け足すと口元を緩めた彼は「勿論です」と頷いた。
「危険を伴う行動は私側で担当致します」
ふふ、という笑みと共に「悪くないでしょう?」と付け加える彼。
「貴方はただ、その"優秀な飼い犬"君達に指示を出してもらえればそれで良い」
自信に満ちた犀川とやらの顔。
気付けばオレは分かったと答えていた。
だがそこでまた、疑問がひとつ。
「お前のちゃんとした目的……聞いてもいいか?」
言っておくが"墨染 颯 "はやらねえぞ。
その言葉にも彼はご心配なく、と微笑む。
「私の目的は天立組若頭……天景 昂牙の方ですから」
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