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第48話
こてん。
「……!」
律がいつも通りに戻ってほっとしたのも束の間。
"遊園地"の単語に反応した彼にああやっぱりまだ子供なんだなと安心して、行くならどこがいいかと思考を巡らせた瞬間。
唐突な腕への軽い衝撃に、目線を落とせばすぅすぅ寝息を立てている彼がいた。
「おや、律君寝ちゃいましたか」
雰囲気を察して運転に集中していた雪藤が意識を切り替えたように言う。
「ああ……気ィ抜けたかな」
よいしょ、と寄りかかっている身体をずらして自分の太腿に頭を乗せてやる。
決して柔らかくはないだろうが、寝づらくて起きてしまうよりはマシだろう。
この二日間、初めての外出にしては無理をさせた自覚はある。
(疲れて当たり前だもんな……)
「頑張ったなあ律……お疲れさん」
すでに起きそうな気配もなく、いつも通り可愛らしい寝顔を見せている。
(また少し、重くなったか)
年齢的には成長期。
本能的に身体が年齢に追いつこうとしているのだろうか。
来た時よりもだいぶ少年らしさが増した気がする。
(こうやって気付かねえうちにあっという間に大人になンだろうな……)
数年は先だろうが、今より大人になった姿をぼんやりと想像してみる。
『昴さん!お仕事、お疲れ様です!』
玄関先で出迎えてくれる律。
『ご飯出来てますよ。それとも先にお風呂がいいですか?』
エプロン姿で首を傾げる律。
『……あの、なんだか眠れなくて。今日は一緒に寝てもいいですか?』
ベッドの側で恥ずかしそうに――――いやいや、これ以上はヨクナイ。
妄想とはいえ、歯止めは効かせておかなければ。
一人頷き、深く呼吸をする。
と、前からくすくすと笑う声がした。
「楽しそうですね、昴さん」
「そ、そうか?」
ぎくり、と肩が跳ねてしまう。
「ええ。全部顔に出てますよ」
ああ良かった、声には出てねえらしい。
「幸せそうで何よりです」
そういう彼も心なしか楽しそうで。
なんだか気恥ずかしくなり、咳払いをして「ああそうだ」とわざとらしく話を逸らす。
「夜、律が寝た後で話があるからよろしくな」
「!……承知しました」
一瞬にして、天立 組若頭の右腕の顔に戻った雪藤だが、俺がそこまでピリついていないのを感じたらしい。
すぐに先ほどまでの穏やかな空気に切り替えると、「それにしても」という柔らかな声で話を続ける。
「良かったですね」
何がと聞くのは野暮だろう。
「そうだな」
天立組との顔合わせ。
北海 や南雲 は若いし、一度会っているから仲良くなれるだろうとは予想がついたが。
ああも幹部衆が世話を焼き、かつ律があんなになつくとは思わなかった。
本音を言うなら、俺より強面の彼らにすぐ慣れたのは少しショックだったほどだ。
「律君可愛いですし、やっぱり面倒見たくなるんでしょうね」
しみじみとした雪藤の言葉。
「……そうだな」
七年間、外の世界から隔離されていた律は同年代の子供より素直で純粋だ。
あの状況下にあっても綺麗な心のまま成長した彼。
初対面の人間に何かされるかもと怯える事はあっても、一度信用すればまず疑うことはしないだろう。
それどころか、このまま育っていけば自分を傷付けた人間すらも許してしまうような気さえする。
此方 側にいる者からすれば、そんな彼はいわば対極にいる存在だ。
無意識に傍に置きたくなるのかもしれない。
(まあ、俺も例外じゃねえわけだが)
「…………」
どうかこのまま成長して欲しいと思いつつも、心の隅では独占欲が生まれつつあるのを悟る。
(俺以外に可愛い顔見せないで欲しい、なんて)
この二日間で知った自身の中の灰暗 いソレはすぐには振り払えず、それも真実だと受け入れるしかない。
「…… 」
自分でも何と言ったか認識しないその言葉は、空気中に溶けて消えていった。
―――――
―――
――
「――……あ」
そうだな、と呟いたきり黙ってしまった昴さん。
バックミラー越しに確認して、思わず声が出た。
移動中、普段から饒舌というわけではないが、寡黙になるほどでもない。
けれど、大抵は仕事の確認やら何やらで思考をフル回転させているため、難しい顔をしている。
そんな彼が。
「……ふふ」
動物を撫でると眠くなる、という感覚と同じだろうか。
片手を律君に添えたまま、彼と同じようにすやすや寝息を立てている。
その姿は普段の“天立組若頭 天景昂牙”からは想像できないであろうもの。
(北海君が見たら驚くだろうな……)
夜にあるという話が何か、雰囲気から察するに悪い話ではなくてもあまり明るい話でも無いのだろうから、今のうちに目一杯安らぎを感じて欲しいと思う。
(良い夢、見てくださいね)
心の中でそう告げて、より一層安全運転に励むことにしたのだった。
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