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第49話
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夢を夢だと認識する時。
それはどんな時だろうか。
「いくらなんでもありえねェもんを見た時、とか」
普通なら夢の中じゃ多少の違和感は受け入れてしまうもの。
しかし、これはいくらなんでも……と身体が固まり自問自答してしまう。
俺の膝の上にいる――のだから、恐らく律だろう――は手が離れた事で俺を見上げる。
なぜ、恐らくなのかといえば。
「昴さん?」
聞き慣れた声とともに、はた、と黒髪の間から出ているそれが揺れた。
「本物……か?」
三角の先に触れ、軽く引っ張る。
ふわふわとした感触のそれはイヌ科動物の耳そのものだった。
「……っ!昴さ、くすぐった、いです……」
「お、おお!悪ィ」
へにゃりと髪の間から覗く三角――――いや、耳と同じようにふさふさとした、黒い尻尾が床に垂れる。
「律……お前」
「はい!」
返事とともに垂れた尻尾が再び上がり、ぱたぱた揺れる。
ああ、律なのか。良かった。
実際はちっとも良くないが、ひとまず律ではあるらしい。
が、それにしては少し……いやだいぶ、分かりやすく子供らしい気がするが。
「お前……犬、だったのか」
混乱し過ぎて出た言葉は、下手をすると彼のトラウマをかすってしまいかねないもの。
慌てて取り繕おうとした瞬間、律はこてん、と。
それこそ、本物の犬がやるように首を傾げた。
「ぼく、ずっと犬、ですよ?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
「昴さんの尻尾、ぼくよりふかふかですね!」
「お前が犬だってんじゃなく、て…………は?」
すり、と律が顔を寄せたのは紅い……俺の髪と同じ色をしたふさふさの柔らかいナニか。
「昴さん、の匂い……」
くんくんと嗅がれる感触がくすぐったくて、確かめる意味もこめ、その部位に力をこめる。
「っあう……」
するり、と律の顔をすり抜けたソレを彼の頭の上で揺らしてみる。
――――やはり俺の意思で動いている、ようだ。
(マジかよ……)
恐る恐る、頭にも手を伸ばす。
ふわふわとしたいつもとは違う感覚がそこにあった。
「あー……まあでも、これは夢……なんだよな……?」
起きれば元通りのはず。
それならば、焦っても仕方がないのだろう。
妙に納得した俺は目を閉じひとつ深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。
相変わらず、尻尾にじゃれている律が見えた。
(ほんとに犬みてえ……)
家に連れて来た時とはまた違う感情の、同じ呟き。
「楽しいか?」
「はい!」
(ああ、なるほど……)
そうか、夢だからか。
俺の願望がそうさせているのだろう、律は年相応の無邪気さを見せている。
(本当……子供なんて、縁が無 ェと思ってたのに)
もう大切なものを喪 いたくない。
そういった感情は――――私情で守るべき存在 は枷にしかならない。
あの日からそう自分に言い聞かせてきた。
若頭"天景 昂牙"として篤昂 さんを、組員達 を、周りの人間達を守ることはあっても"天景 昴"として守ることはないようにと。
(ったく……お前はすげェな)
「律」
「!……はいっ」
指示されると思ったのか彼はその場に座り、ぴょこぴょこと頭の上の耳を揺らしぱたんと尻尾を振る。
よいしょ、と胡座をかき直し膝を叩く。
「こっち来い」
現実世界でなら多少の戸惑いがあったかもしれないが、ここでは違ったらしい。
近寄るや否や躊躇 いもなくひょい、と膝に乗り上半身を俺に預け、褒めて欲しいと言わんばかりにこちらを見つめ尻尾を振っている。
(自分で呼んどいてなんだがこれは……)
実に心臓によろしくない。
「昴さん?」
「…………」
とりあえずは無言で頭を撫でてやる。
「ぼく、昴さんの手、好きです……」
えへへ、と素直に笑う姿に少しだけ、ほんの少し意地悪をしてやりたくなる。
「……か?」
「え?」
「手、だけか?好きなのは」
さっきまでの元気の良さはどこに行ったのか。
「あ……え、と……その」
腕の中で恥ずかしそうに俯く姿をまだ見ていたかったが、ここは夢の世界だ。
いつ目が覚めてしまうかわからない。
「律?」
上を向かせ、言葉を促す。
「そ、の」
「ん、どうなんだ?」
「ぼくは……」
「おう」
耳まで真っ赤に染まったその姿は、本当に愛らしく。
「ぼくは、昴さんのこと……ぜんぶ、すきです……」
言わせた感が半端じゃないが、俺の夢の中なのだから許してほしい。
「……昴さん、は……」
へにゃり、と垂れたままの耳と尻尾。
本物の犬ならくぅん、と鼻を鳴らしているといった所だろうか。
「ぼくのこと……」
(そう来るか……まあ、そうだよな)
その反応は至極当然といえば当然のもので、これが現実世界であれば何の問題も無い。
(……けど、……これ以上は)
ここで言わせるな、と聞いてはいけない、ともう一人の自分が止める。
ここは俺の夢の中。
それに続く言葉、この律の望む答えが何かなんてわからないはずもないのだから。
「待て、律……」
「…………!」
気付いてしまったことで、急に切なくなった俺は答えることをせず、彼を抱きしめることで口を塞いで言葉を奪う。
「ごめんな……言わせておいて教えないなんてずるい、けど」
服の袖がぎゅ、と引っ張られる。
「けど、言うのも聞くのもやっぱ……起きてる時じゃなきゃ、意味無 えからな」
そう。
この律は俺が望んでいる姿だから。
実際には、俺が律に望んでいる言葉でしかない。
寂しそうに垂れたままの耳に罪悪感を感じ、わざとらしくわしゃわしゃと撫でる。
「でも二人とも……俺にとって大切なのは変わらないから、安心してくれ」
夢 で言ってもあまり意味は無いかもしれないが。
だから、と撫でる手を止め頬に触れ律を見つめる。
「昴さん……?」
恥ずかしくなったのか、俯きじっとしながらもきゅっと目を瞑る姿がやっぱり可愛らしい。
キスくらいなら許されるだろうか。
そうは思ったものの、今してしまったら現実で顔を見たときに歯止めが利かなくなりそうだ、と踏みとどまる。
「……続きはまた今度、な」
起きようと意識したからだろうか。
段々ともやがかかり、耳が垂れたままの律の姿が薄くなる。
そして…………
ーーーーー
ーーー
ーー
「…………ん……」
手を動かした先、柔らかいものに触れ自然と口元に笑みが浮かぶのを感じた。
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