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第50話

「…………」 薄く目を開けると、見慣れた黒髪が目に映る。 まだ半分寝ている頭で、触れると先ほどまでの可愛らしい三角は消えていた。 (まあ当たり前なんだが……) 良かったような、やっぱりもう少し楽しみたかったような。 夢というのはなかなかどうして、起きてから後悔が湧いてくるのである。 (いやいや、あのまま告白したところで虚しくなるだけだっての……) なんて葛藤している事に気づいたらしい。 「おはようございます。昴さん」 顔を見なくても分かる、微笑んでいるだろう声で雪藤が話しかけてくる。 「……おう」 「良い夢見られました?」 まるで内容を知っているかのような問いに、あからさまに身体が反応してしまう。 「……ま、まあな」 が「それは良かったですね」という言葉からするに寝ている間に変な事を口走った、なんて事は無いらしい。 ひとまず安心だな、と息を吐いた。 「律君、さっき昴さんの名前呼んでましたよ」 「マジか」 「一緒に寝ると同じ夢見ることもありますけど、どうなんでしょうね」 「あ、あ〜……どうだろうな」 「その様子だと夢に出てきたんですね、律君」 くすくす笑う声にしまった、と口をつぐむ。 「そ、そりゃ……ずっと一緒にいるんだから出てきたって不思議じゃねえだろ」 何ら(やま)しいことはしていない。 撫でるのも抱きしめるのもいつもの事だ。 若干開き直りともとれるだろう言葉だが、雪藤は再び「良かったですねえ」と笑う。 「……おう」 「まだかかりますから、もう少し寝ていても大丈夫ですよ」 「ん、いや起きとく」 出そうになる欠伸を噛み殺し、流れる外の景色へ目をやる。 雪藤の気遣いだろう。 今日の運転はいつにも増して、静かで揺れが心地好い。 何かに意識を向けていないと恐らくは寝てしまう。 (またあの律に会ったらたぶん今度は……) 次は何を言わないとも限らない。 いくら雪藤とはいえ、流石に聞かれるのは気恥ずかしい。 それに、とまったく起きる気配の無い律を眺める。 (……しばらくこんな穏やかには過ごせなくなるだろうからな) ならばこうして、今目の前にある幸福をきちんと現実で噛みしめる事も大切なのだ。 「……すば、るさん……」 ぎゅ、と着物が握られる。 「ぼく……、……」  「…………ッ!」 「起こしちゃダメですよ」 「わーってる、って」 そっと動きそうになったのを瞬時に見破った彼は、俺が行動に移す前にピシャリと止めた。 (携帯……ポケットに入れときゃ良かった) 残念ながら今の体勢ではギリギリ届かない位置にある鞄を睨み、ため息を吐く。 (……しゃあねえな) 心の目に焼き付けるか、と改めてその寝顔を眺める事にしたのだった。 ――――― ――― ― ふわふわとした世界で、きょろきょろと周りをみる。 (誰もいない…………) 昴さんもみやびお兄さんも。 (さっきまで一緒にいたのに) 不思議とさみしくなくて、へんだなあと思いながら歩いていると、遠くに誰か立っている影が見えた。 (あ……!) 「昴さ…………え?」 その声にくるり、と振り返った影は昴さんのお着物を着てはいたけれど。 頭の上にはあかいさんかくの耳、着物のなかからはあかくてフサフサした……しっぽ? 「ん、どうした?」 思わず数メートル前で立ち止まったぼくに話しかける声はまぎれもなく。 (……良かった昴さんだ) ぼくの大好きな低くて優しくてあったかい声。 だけど、やっぱり耳としっぽが気になってしまう。 「…………律?」 「あ、えっとその……」 「うん?」 「なんでしっぽがあるのかな、って……」 少し目を見開いた昴さんは、けれどすぐに目を細めて笑う。 「ああ、これか……もう少し隠しておきたかったが――……まあ教えてもいいか」 顎に手をあてた後、少ししてニッと片方だけ昴さんの唇があがった。 「……?」 なんだろう。 なんかいつもより……ちょっとだけゾクッとする笑い方してる……。 「いいか律…………落ちついて聞いてくれ」 「は、はい」 ぼくの肩に手を置き、耳元に唇を近づけ「あのな」とささやく昴さん。 「俺、本当はな……オオカミなんだ」 「お、オオカミ…………!?」 「ああ。普段は耳も尻尾も牙も、隠してるが……な」 「え、と」 「黙ってて悪かった」 耳がへにゃり、横にたれて哀しそうな顔にずきっとむねがいたくなる。 「だ、だいしょぶです!びっくり、はしましたけど、でも」 じっと目を見つめる。 「でも、昴さんは昴さん……ですよね?」 数秒、だまっていた昴さん。 目を細めて「ああ」と頷いて笑った顔にまたちょっとだけぞくってしてしまった。 「律は……どんな俺でも、好きでいてくれるか?」 肩に置いていた手がするするとぼくのほっぺを触る。 「っ…………!」 優しい、けどなんだか触り方が。 (なんだろ、…………なんかいつもと違う……っ) 反射的にからだが固まって。 「……それともこういう俺は嫌いか?」 びくっとしてしまったことで、寂しそうに手が離れていく。 「あ、ちが……っ」 ぱっと手を伸ばし、昴さんの着物をぎゅっとつかむ。 「ちがい、ます……けど、なんか」 「ん?」 「今日の、昴さん……いつも、と違うの、で」 ちゃんと伝えなくちゃ、と顔をみあげながら言葉をつなげる。 「いつもより…………その、どきどき、します」 「――そうか」 表情はあまり変わらないけれど、さっきより少しだけ角度がついた耳にほっとして。 ゆるんだ口元にちらりと見える犬歯に、やっぱりゾクッとしてしまう。 「じゃあ……いつもドキドキさせるように頑張らないとな」 (あれ?そういう意味じゃないのに……!) くくっと喉を鳴らす姿はまだ少し、少しだけこわいかもしれない。  (どうしよう……早くいつもの、ぼくの知ってる昴さんに戻ってもらわなきゃ……!) そのためにはと考えながら、顔をそらした先にゆらりと揺れる、あかいしっぽが見えた。 (あ、そうだ!) 「あ、あの……昴さん」 「うん?」 「お願いがあるんですけど……――――

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