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第51話

「律……それはちょっと、くすぐってえ」 「あ、ごめんなさい」 昴さんへのお願い。 それは―――― 『昴さんのしっぽ、触らせてください』 『ンな事でいいのか?  そんなに触りてェなら好きなだけ触っていいぞ』 (あれ……?) しゃっくりみたいにびっくりしたら戻るんじゃないかな、なんて思ったから言ってみたけど。 少しだけ目は丸くしてくれたけど、すぐに同じ顔に戻って、昴さんは自慢そうに言った。 そして、そのふわふわとした柔らかいそれをぼくのほうに近づけてくれる。 だめかあ、と思ったけど触りたかったのも本当だったから、そのまましっぽにぎゅうっと抱きついてみる。 (ふかふか……枕にしたら、気持ちよさそう……) 思わずスリスリすれば、くすぐったいって逃げられちゃった。 「ま、すりすりしないならいいぞ。ほら……もっと触りてェんだろ?」 ぽふ、ともう一回頭に乗せられたしっぽはそのまま撫でるようにぼくの頭の上で動く。 いつもの大きい手のひらじゃなくて少し物足りないかったけど優しい感じが一緒だったから、だんだん心が落ち着いていく。 (そか、どっちも昴さんなんだから……このままでも、いいかな……) なんてちらっと浮かんで、目があった。 「ん?」 ちがうちがうと首をふる。 (この昴さんは、なんか、ダメなんだってば……!) いつもの昴さんがどきどきしないわけじゃない。 そばにいるだけで顔が熱くなったり言いたい事が言えなくなったり。 けど、目の前にいるこの昴さんはなんというか。 はじめて会った頃みたいに、きんちょうする。 ふ、と頭のなかにたちばなさんが現れてニコッと笑う。 『いい?律君――――』 「――…………あ、そっか」 「……?」 どうした?と心配そうな声に口に出ていたことに気づく。 「えと、その……」 これを口に出しちゃって良いのかな。 (言ってもし当たってたら……) 「律……?」 「ごめんなさい……いえないです……っ」 目を見てしまうと胸がくるしくなるから、ふいっと顔をそらしてしっぽに顔を埋めて呟く。 (だって、だって……もし…………はずかしい、から) 「――――なら、聞かない……けどな」 「ッあ……!」 くるりと身体が回転して、向かい合わせに昴さんの膝に乗せられた。 (ち、近い……っ) 「顔をそらされるのは、寂しいぞ」 さっきまで立っていた耳も触らせてくれていたしっぽもへにゃりと力をなくしていて。 しゅんとうつむいてしまった、見たことのない昴さんにあわてて「ごめんなさい!」とあやまる。 「えと……その、はずかしくて、つい」 まっすぐな言葉にぼくも思わず本音が出てしまう。 たぶん今、ぼくの顔は真っ赤になっている。 (かお、あつい……) やっぱり、さっき考えたことは当たりなんだと思う。 この昴さんはきっと、ぼくがこうだったらいいなって思っている姿で。 (いつもの昴さんにいやなところなんてないけど……) たちばなさんに見せてもらった、せいしゅんどらま。 あの恋人さんたちみたいに、もっといっぱい仲良くなりたい……なんて考えてた、から。 (きっと……これはゆめ……なんだ) 今まで、ゆめってイイコにしてた日だけ神様がごほうびをくれてると思ってた。 がんばっておとーさんやお父さんの言うことを聞いた日は、おかーさんが会いにきてくれたから。 でも前にかすみ先生に言ったら、にこってしてるのに――……ちょっとかなしそうに「違うよ」って教えてくれた。 (先生は、そのとき自分がかんがえてることがゆめになるんだよって言ってた) たちばなさんが見せてくれた、どらまのきおくと昴さんのきおくがいっしょになったんだと思う。 (だからきっと、いつもよりいっぱい……どきどきするんだね) 「あ、あの……昴さん」 うつむいたままだった顔がゆっくり上げられて目が合う。 いつも見ているはずのきれいなあかい色。 (おんなじ顔、なのに……) さっきまであんなに、ちがうって……なんなら少し怖いって思ってたのに。 気づいたら、すっと手を伸ばして昴さんのほっぺにさわっていた。 「かお、そらさないので……元気に、なってください」 「律…………」 いつもみたいにふっと笑った昴さんは、目を閉じてもっと、っていうみたいににそのままほっぺをすり寄せる。 そのしぐさがまるで、いつかテレビで見た大きいわんこみたいで。 (なでなでした方がいい、のかな……) あいている手で反対側の耳にさわる。 昴さんは少しだけ、ピクッと体を揺らしたけれどやめてくれとも嫌だとも言わなかった。 しっぽよりは少しかたいそれをふにふにしつつ、ふだん昴さんがしてくれるみたいに髪をなでる。 「ん……」 「――……きもちいい、ですか?」 「ん、いい」 (……昴さんはいつも、こんな気持ちなのかな……) 胸のあたりがぽかぽかして、あったかい。 もっと感じていたくて、なで続ける。 「律は撫でるの上手ェな……」 「い、いつも昴さんがたくさん、なでてくれるから、です……」 「はは、そうか」 うれしそうに笑うその顔は、風車で見せてもらったあかりお姉さんの写真にそっくりで。 (きれい、だなあ) 夢だからかもしれないけれど、何となくちがう雰囲気の笑顔に思わずじっと見つめてしまう。 「……どうかしたか?」 ちら、と昴さんの歯が見える。 さっきと同じはずなのにふしぎともう怖くはなくて。 むしろ目がはなせなくなった。 「律?」とふしぎそうな声で名前を呼ばれたぼくは。 「……昴さん、きれいだな、って思って」 思っていたことを素直に口にする。 「…………!」 ちょっとだけ、目を丸くした昴さんは―― 「わ……っ!」 ぼくをいつもみたいに……――いつもよりぎゅうっと強く抱きしめてくれた。 「……お前は、ほんとに、もう   」 さいごの方は聞きとれなかったけど、なんとなく。 なんとなく、ぼくが昴さんに言ってほしい、でもきっと言ってくれたことのある言葉だと思った。    

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