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第54話

あれから。 どきどきがだいぶ落ちついて、お勉強できるようになって。 みやびお兄さんの作ってくれたご飯を食べてお風呂に入ってお着替えをしていたら。 ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。 「お、早いですね」 みやびお兄さんが玄関に行って、昴さんがそうだなとそっちを見る。 「?……かすみ先生ですか?」 夜にくるのはだいたい先生だから、そう聞いてみたけど昴さんは「ハズレ」とぼくの頭をなでる。 「なあ律」 頭に手を置いたまま、じっと見つめてぼくを呼ぶ昴さん。 「は、はい!」 (なんでだろ、その目でよばれると……きゅってする……) 「ご褒美……倍にしてやるから、明日でもいいか?」 (……?……あ!) そういえば、そうだった。 おやしきに行く前のやくそく。 “ぎゅってしてくれますか” “撫でて欲しいです” ゆめの中でいっぱいしてくれてたから、もうもらったつもりになってた。 「……はい、だいじょぶですっ」 「悪ィな……さんきゅ」 よしよしって撫でてくれるその手はいつもと同じで大きくて、あったかくて。 (ゆめの中の昴さんもカッコ良かったけど、ぼくはやっぱりこっちの昴さんがいいな……) そんなふうに考えていたら。 「こんばんは!」 「!」 「声がでけーよ、コラ」 「きたみお兄さん!?」 今日の朝、お別れしたばっかりのきたみお兄さんがみやびお兄さんの後ろから、ひょこって顔を出した。 「やほー律君♪今朝ぶり」 すみませんとかオレ嬉しくてとか、昴さんにせつめいしてたお兄さんだけど、ぼくを見つけたらひらひらって手を振ってくれた。 「こ、こんばんはっ」 「ふふ、また会えてうれしいっす」 (??きたみお兄さん、なんだかすごくよろこんでる?) 「ちょっと着替えてくるから待ってろ」 「はい!」 昴さんにお返事したきたみお兄さんに、みやびお兄さんがお水を渡す。 「ありがとうございますっ」 「北海君、テンション高いね」 「そ、そりゃあそうっすよ!」 (こんどはてれてる?) 顔が赤くなったお兄さんを見て、なんでだろと首をかしげる。 「だってココに入れてもらうの、オレ初めてですし!」 「ああ、まあそっか」 「若に少しは認めてもらったって思っていいですかね!?」 (こんどはきらきらしてる……!) 「ん、まあ悪くはないんじゃないかな」 「やったあ♪」 くるくると変わるきたみお兄さんが面白くて、思わずじぃって見つめてしまう。 それに気づいたみやびお兄さんはぼくの方を見て笑った。 しーって人差し指を口に当てて笑う。 (!……やっぱりみやびお兄さんはすごいなあ……) 僕の思ってること、なんでわかったんだろ。 そんなふうに思っていたら「悪ィ待たせたな」って昴さんがお部屋に戻ってきた。 「大丈夫です!」 (わ!めずらしい) 真っ黒な、スーツすがたの昴さん。 このお部屋にきたさいしょの頃はスーツを着てる日もあったけど、今はずっとお着物のほうがおおかった、から。 (まえはただ怖かった、のに) 髪型もいつもとちがってて、なんというか……強そうって感じがする。 (昴さん……かっこいい) 僕が見てることに気づいた昴さんは近くに来てしゃがんでくれた。 「ごめんな、律。急に出かけなきゃいけなくなっちまって……」 (おしごと、かな?) 「雅は置いてくから安心しろ」 「はい」 さみしい、けど……それを言ったら昴さん困っちゃうから。 (それは、いやだ) そう思ったのに、顔に出ちゃったみたいで。 「明日の朝……あーいや午前中には帰るから」 ごめんな、の顔のまま言う昴さん。 「はい、昴さん……えと」 「うん?」 「……いってらっしゃい、です」 ちょっとでも昴さんが安心しておしごと行けたらいいなって、笑ってみる。 気持ちが届いたかはわからないけど、昴さんは「ああ」って言ってくれた。 そしてぼくの頭を撫でて「イイコで留守番しててな?」っていうから、こくんって頷く。 「じゃあ行ってくる」 「はい、お気をつけて。北海君、よろしくね」 「はいっす。お任せください!」 ピシッとおまわりさんみたいなポーズをしたきたみお兄さんは昴さんと一緒にお部屋を出ていった。 (――――……いいなあ、きたみお兄さん) 昴さんと、おしごと。 (ぼくも大人になってできるようになったら、ずっとそばにいられるのかな……) 「……君、律君?」 「!あ、はい!」 ふりかえったら、そのまま十秒くらいじぃっと見つめられて思わず「み、みやびお兄さん?」って高い声が出た。 「あはは、ごめん。びっくりさせて」 そして「俺じゃ物足りないだろうけど」って言いながら、昴さんみたいに頭を撫でてくれる。 昴さんよりは小さいけど、(あった)かいのは(おんな)じ優しい手。 「……ふふ」 「ん?」 「ぼく、みやびお兄さんの手も、だいすき、です」 「!」 「……みやびお兄さん?」 「――――あ、うん。ありがとう律君。喜んでもらえて良かったよ」 めずらしく固まっていたみやびお兄さんは、お布団しいてくるねって奥のお部屋に行ってしまった。 (……ぼく、変なこと言っちゃったかな) というか。 「ぼくもおてつだいしますっ」 急いでみやびお兄さんのあとを追いかけた。

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