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第55話

――――― 「若、お待ちしてました」 「ん、ご苦労さん」 サッと南雲(なくも)が後部座席のドアを開け、後ろで北海(きたみ)が悔しそうに「あ゛」と声をあげた。 「イイトコばっか持ってくなよ!」 「運転するのは僕ですから」 そんな二人のやり取りに、こいつらもずいぶん変わったもんだとしみじみ思いながら乗り込む。 (特に北海は俺が近くにいるだけで、ビビってたってのに) 「お前ら喧嘩すんなら後にしろ。間に合わねェと(のぞむ)が帰っちまうだろうが」 その言葉にハッとした二人は謝るや否や、すぐさま車に乗り込み、南雲はエンジンをかけ北海はメモを取り出した。 「それで、概要は?」 「はい」 返事をした北海はぺらぺらと紙をめくり目的のページを開いて咳払いをした。 「まずひとつ目ですが、律君ののことで」 「ああ」 「裏をかいたつもりだったのか、潜伏場所自体はそこまで離れてはいなかったたようです」 律がいた、を思い出し自然と拳に力が入っていく。 一瞬、その殺気に言葉を止めた北海だったが、すぐにもう一度話し始めた。 「ただ、追われてる身だという自覚はあるらしく……当たり前ですが、昼夜問わず周りへの警戒心はかなり強いようです」 「まあ、だろうな」 というか、そうでなければ困る。 天立組(うち)だけじゃなく、複数の金貸しを踏み倒そうとしていたのだから。 (が、今まで逃げ切れているということは……) 「完全な居場所まではわかってねえってことか」 「ハイ。露草(つゆくさ)さんによると何ヵ所かを不定期に転々としているそうです」 「なるほどな」 「律君のこともあるので一番先に昂牙さんに、と」 「ん、さんきゅ」 (臨でも分からねえとなると……後ろに誰かいんのか……?) もしそうなら、それはそれで慎重に動かなくてはいけない。 ヘタにどこかの組にでも拾われていれば、面倒なことになりかねないからだ。 (……犀川(ヤツ)も警戒しなきゃいけねェってーのに、万が一抗争にでも発展するようなことになれば……) 天立組に喧嘩を売るような(やから)はそうはいないが、こちらから手を出したとなれば話は別だ。 ここぞとばかりに狙ってくる奴らが絶対にいないとは言い切れない。 昔なら細かい事など気にせず、向かってくる奴らを片っ端からねじ伏せればそれで良かった、が。 (今は……) 『いってらっしゃい、です』 無理やり作っただろう笑顔の下から、寂しいという感情が滲み出た律の顔。 (……早く帰ってやらねえと) 「……若?」 「!ああ悪い。なんだ」 「いえ、すごく考えこんでるみたいだったんで……その、何か問題でもあったのかと思って」 「んー、まあ……そりゃ色々な」 自分の報告がまずかったんじゃないかと不安がる北海に思わず手を伸ばし―――― 「!」 ――――反射的に目をつぶった彼の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。 「!?え、ちょ、わ、若……!?」 「ああ悪ィ悪ィ。つい癖で」 ぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、困惑顔の北海がこっちを見る。 「入った頃よりゃーまとめ方も報告もキレイで分かりやすい。よく出来てっから安心しろ」 「あ、ありがとうございます……」 くるくると変わるその表情にいつかは律もこう……、と重ねかけ、いやいやと首を振る。 (気ィ抜くと律のことばっかり考えちまうな……) 今の自分は天景昂牙であり、昴ではないのに。 深く息を吐き「南雲」と声をかける。 「はい」 「あとどれくらいで着く?」 「10分程度かと」 「りょーかい。ちょっと考え事するわ」 その言葉に頷いた二人はそれぞれ、運転と情報の確認作業に集中し始める。 (さて……) 実際は考え事というより、ただ気持ちを切り替えたかっただけで。 目を閉じて今だけは、と律を俺の思考から引き離す。 (今の俺は、天立組若頭 天景昂牙) 暗示のように自分に言い聞かせる。 (――――……うし)   目を開くとほぼ同時。 「若、到着致しました」 「ああ、さんきゅ」 車を降り、視線を前に向ける。 “spéir”と書かれた看板の横にいた、若い青年と目が合った。 何となく、雰囲気を察してか瞬間的にビクッとした彼だがすぐさま営業スマイルを向けてきた。 「こ、こんばんは。3名様でご来店でしょうか?」 (……雪藤の方が上手(うめ)えな) ふと、初めて会った日の彼のそれを思い出しながら「いや」と返事をする。 「先にツレが来てるはずなんだが……」 「!しょ、少々お待ち下さいませ」 そのまま、ビル内へと駆け込んでいく青年。 「新人さんですかね」 若だと気付かないなんて、と南雲が呟く。 「ああ、かもな。最近、店の方には顔出してなかったし」 そう言っているうちに、すぐさま「お待たせ致しました!」と見慣れた黒服男性が出てきて頭を下げる。 「先程は申し訳ございません。入ったばかりの新人でして……っまだ教育が行き届いておらず……っ」 「あー……まあ最近来てなかった俺にも非はあるからな。気にしてねえよ」 スタッフが俺の顔を覚えていなかった事について、深々と謝る彼に「それより」と話題を変える。 「来てるだろ。今日はそっち通してくれ」 「か、かしこまりました」 即座に踵を返し中に戻る彼を見送り、二人を見る。 今まではこういうとき、南雲を連れていくのだが。 「――――……今回は北海。着いてくるか?」 今日の様子から、そろそろ連れていっても良いだろうと思い、問いかけてみる。 「!は、はい!お願いします」 「んじゃ南雲。外は頼んだぞ」 「お任せください」 まさか自分が、とやや緊張気味の北海。 何となく察していたのか冷静に構えている南雲。 対称的な二人の反応に、思わず笑みが出そうになるのを堪える。 (……なんか俺も表情筋緩くなってる気がするんだが) いかんいかん。 ぱし、と頬を叩き気を引き締める。 「それじゃ、行きますかね」

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