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第56話

北海(きたみ)視点 エレベーターに乗り地下に行き、一度降りて店に入ったと思ったらすぐに出て、別のエレベーターで上階へ移動し、降りた後もいくつかの店を抜けながら右へ左へ――――やがて、方向感覚が完全に失われた頃。 一つだけ照らされた紅い扉が見えた所で若が止まる。 「……ゴール、です?」 「ああ……ってお前、その情けねえ顔五秒でどうにかしろ」 笑われちまうぞ、と。 辿りつくまでこんなにかかるなんて聞いてないと思いつつ、着いていくと言ったのは自分な以上、「すみません」としか言えない。 (よくそんな涼しい顔で……) 体格から何から、ハナから競う気なんて無いけれど、それでも同じ男としてこうも差を見せつけられると流石にヘコむ。 だからこそ、憧れる存在でもあるんだけど。 息を整え「すみません、大丈夫です!」と若に告げると彼は「おお」と頷き、扉前にいた黒服男性の所に向かった。 一言二言話した後、黒服男性はこっちをちらりと見てお手本のような笑みを浮かべた。 どうぞ、という言葉と共に部屋の中に入る。 たぶん、昔は高級ホテルの一室だったんだろう。 窓こそコンクリートで固められているものの――――奥にはキングサイズのベッド、手前には円形上のソファーにテーブルと薄っすらとその頃の面影を残している。 そんなソファーに座っている、一人の青年。 フードを被っていた彼は「露草(つゆくさ)様」という黒服男性の言葉でこちらを振り向いた。 その彼に若はすっと手をあげ、呼びかける。 「よおリンちゃん」 「それ女のコみたいなんで止めてくださいよう」 いつも言ってるじゃないですかー。 言葉とは裏腹、けらけらと楽しそうに笑いながら彼――――露草(つゆくさ) (のぞむ)さんはフードを脱ぎ、出迎えてくれた。 「良いじゃねェか、可愛くて」 「え、ケンカ売ってますー?」 「んにゃ。からかってるだけ」 「わあひどーい。まあ売られたトコで買いませんけどねー」 勝てないですし。 と、そこまで言ったところでこちらに視線が向き慌てて挨拶をする。 「あ、お初にお目にかかります、北海と申しま……ぅっ」 舌を噛んでしまい、顔を見なくても若が呆れているのが分かる。 「ふふ、露草 臨です。ハジメマシテ」 小柄な、どちらかといえば華奢な部類に入るであろう彼は中性的で、かわ……「可愛いとか言うなよ。噛みつかれるぞ」 「わ、若!」 「俺の心ン中読まないでください!」と小声で突っ込む。 「心っつーか、顔に出てんだよ。お前の場合」 「うん。北海クンて分かりやすくていい感じ」 僕そういうコ好きだよ。 何となく、妖しさのある瞳に見つめられ、思わず目をそらす。 「あは、照れてるーかわいー」 (露草さんてこんなキャラだったのか……っ) 電話でしか話したことが無かったから、勝手に真面目で淡々とした人物像イメージを作り上げてしまっていた、けど。 「臨、そんくらいにしてやって」 そんなに気に入ったなら後で遊んでいいから。 「え?わ、若……?」 あ、遊ぶって……遊ばれるって!? 「しょーがないなあ。約束ですよ?」 「おー。つーわけで、早速本題に入るぞ」 「はあい」 後でね。 露草さんは可愛(かわ)……じゃなくて、アイドルみたいなウィンクと言葉を俺に送ってくれたのみ。 残念ながら若からも説明はないまま、彼が「それじゃ」とパソコンに手を伸ばし、咳払いをする。 「まず、律君の父親――墨染(すみぞめ) 隼人(はやと)さんから始めますね」 ――――― (ほんと全部顔に出てやがんな、北海のヤツ) 恐らくは何か良からぬ方への想像をして慌てふためいているのだろう。 けれど、北海には悪いが時間が勿体ないので放っておくことにした。  「ああ、頼むわ」 「大まかな所は聞いてると思いますけど」 前置きしつつ、臨が説明を始める。 「完全な居住地は残念ながら特定には至っていないです。というのも」 先ほどまでの緩い雰囲気から一転。 仕事モードに入った彼の言葉に北海も驚きながらも、集中し始めた。 「ここ一ヶ月ほど……不定期に色々な人物のところを渡り歩いていて、警戒心からか大元が割れないようにかなり気を使っています」 「やっぱり裏に誰かいる、か」 「そうですね、そう考えた方が自然かと。それもそれなりに各所へ手を回せる人物が妥当です」 「ああ」 でなければ、彼は今頃この世に存在しない。 「天立組(ウチ)は借金の(かた)に律を引き取った体で保留にしてっから、連絡がなかった……のか……?」 違和感はあるものの、一旦は無理やり納得する。 が、他の所はそうはいかないだろう。 ということはそのが全額を支払い、代わりとばかりに手足として使っているのかもしれない。 ただ、ンなことが出来るのは天立組と同じ規模の薙森(なぎもり)組や渡海(とかい)組くらい……いや。 (――――そうか。もうひとつ、あったか……) 犀川(さいかわ)グループ。 (あかり)の事件を握り潰し、表社会だけでなく裏社会とも深く繋がる彼ら――というより。 犀川 大地(あのおとこ)なら、目的のために全額を肩代わりするくらいはやるだろう。 (つーことは、その場合十中八九……律の事は(さいかわ)にバレてると思った方がいいな) というか、それならば連絡が無かったのも律の父親を匿うのも納得がいく。 「あー……くそ!時間の問題だとは思ってたが……」 がしがしと頭を掻き、思わず舌打ちが出る。 まだそうと決まったわけじゃない。 けれど可能性が高い以上、警戒しないわけにはいかない。 (現状……できること) ぐっと拳を額に当て、考えを巡らせる。 篤昂さんに頼んだものをこんなに早く使う日が来るとは思わなかった。 これからやらなければいけないこと。 それを思うと、心臓を素手で掴まれているような 喉元にナイフを押し当てられているような ――――そんな、気分になる。 (…………俺、は) 『昴さん!』 目に浮かぶのは、嬉しそうに俺を呼ぶ顔ばかりで。 (…………律……) 俺はただ……お前のその顔を守りたい、だけ。 幸せになってほしい、だけなのに。 深く息を吐いて額から手を離し、ゆっくりと携帯を取り出した。

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