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第57話
「ん……昴、さん……?」
昴さんに呼ばれた気がして体を起こしてみるけれど、おへやは眠るまえとおんなじでまっくらだった。
(……?あれ、みやびお兄さんは……?)
となりのお布団にいたはずのみやびお兄さんもいなくて、急に胸がどきどきしてくる。
(どうして……?)
いつもなら、ひとりでもへいき。
なのに今日はなんだか、胸のあたりがざわざわして落ちつかない。
いつもの、昴さんの事を考えている時とは違うそのどきどきがだんだんこわくなってきて、ブランケットを頭から被る。
(……ッどう、しよ)
昴さんはまだおしごとかな。
はやく、帰ってこないかな。
ぎゅうっと端をつかんで心の中でつぶやく。
(――――このまま、ぼくひとりになっちゃった、ら)
こわい。
さみしい。
そんな気持ちがどんどん集まってきて。
(――――……あ、そうだ)
でんわ。
つかったことはないけど、いつも昴さんやみやびお兄さんを見てるから、さわり方は分かる。
かすみ先生ならなにか知ってるかも。
(昴さんの、つくえ……)
ブランケットを被ったまま、よいしょと立ちあがる。
(これでいつでも隠れられる、よね)
そのままお布団を出てろうかに出る、と。
(明かり、ついてる……?)
そろそろって音が出ないように歩いて、しずかにとなりのお部屋をのぞいたら。
(あ…………!)
「みやびお兄さん!!」
「え?わあ………っ!――――あ。り、律君……!?」
びっくりしたあ、って昴さんの机に座っていたみやびお兄さんは息を吐く。
「ご、ごめんなさい……おっきい声だして」
「ううん、大丈夫だよ。それより」
みやびお兄さんは、そういうとパソコンを閉じてぼくのところまで来てくれた。
「どうしたの?何か怖い夢見ちゃった?」
ふるふるって首を振って「ちがうんです」と呟いた。
「ちょっと、どきどきして」
「どきどき……?」
こくって頷いたぼくに「あ!」とお兄さんは声をあげて「ごめん」ってあやまる。
「一人にしちゃったから……怖かったね」
「…………ちょっと、だけ」
そうだよね、って優しくうなずいたあと「えっと」とお兄さんがお話を続ける。
「こう……昴さんから電話があって、お仕事するのにこっちに戻ったんだ」
「!おしごと……じゃま、しちゃいましたか……」
すぐごめんなさいしようとしたけど、みやびお兄さんのほうが先に「大丈夫、もう終わったよ」って言って頭を撫でてくれた。
「どきどき、落ち着きそう?」
いわれて、少ししずかになったことに気がついた。
けど。
(……まだ、だめ……?)
首を横に振ってみやびお兄さんを見つめる。
「えと、なんだか……まだずっとざわざわ、してて」
「ざわざわ?」
「ここらへん、が……」
胸に手をあててせつめいする。
「…………!」
「みやびお兄さん?」
いっしゅん、いつものやさしい顔からちょっとこわい顔になったけどすぐにいつもの顔で、「そっか」とだけお兄さんは呟く。
「まだ少し怖いみたいだね。今、ココア作ってあげるから……ソファーに座っててくれる?」
「は、い」
いつもならお手伝いするところだけど、みやびお兄さんの目がなんだかつらそうに見えて、素直に座って待つことにした。
―――――――
虫の知らせ。
第六感。
(すごいな……律君は)
彼が起きてくるしばらく前のこと。
万が一、と枕の下に置いていた携帯が振動し目を覚ました。
律君を起こさないように慎重に布団から出て、確認すると。
“悪い。起きたら、連絡くれ”
(若……?)
電子なのだから分かるはずもないのに、その一文が酷く苦しそうに見えて。
ちらりと律君が眠っているのを確認し、そのまま部屋を出る。
「もしもし、若。どうかしましたか?」
『……ああ、悪い雅。寝てたろ』
(雅……って)
バリバリの仕事中。
たとえどれだけ親しい仲でも、仕事中に仕事相手のいる前で名前を呼ぶなんて今までは絶対に有り得なかった。
「いえ、タイミングよく起きてましたから」
『そうか』
その声はやはりどこか、苦しそうで辛そうで一声だけだというのに聞いていられなくて。
『律は、よく寝てるか?』
「ええ、もう夢の中です。ぐっすりですよ」
『……そうか』
「……あの、若?」
『……ん?』
「いや、ん?じゃなくて……ご用件は?」
『ああ……その、な』
言葉を濁し、珍しく煮え切らない様子に不安が募る。
(若が、昂牙さんがこんな風になるなんて……)
露草さんから仕入れた情報が余程のモノだったんだろうか。
足首を得たいの知れないナニカに掴まれているようなひんやりとした、嫌な感覚が走る。
(いや……俺まで、呑まれちゃ駄目だ)
俺が若頭付きとして出来ること、
――――しなければいけないことは。
「――――あの、若……いえ昂牙さん」
『お、おう……?』
「……僭越ながら申し上げます。
律君の事が心配でかけてきただけなら、切ります」
ぴしゃり、と。
「貴方は天景 昴である前に天立組若頭、天景 昂牙でしょう。らしくありません」
いつもの余裕綽々 で、男らしい姿に戻ってほしくてつい口調が強まってしまう。
「そんな情けない姿、北海君や南雲君たちに見られていいんですか?」
『…………!』
電話の向こうで頭を抱えているだろう姿が目に浮かぶ。
(もう……大丈夫、かな?)
「――――二人でちゃんと待ってますから、安心して仕事してください」
『――――……そうだよな。悪 ィ。どうかしてたわ』
ぱしん、と軽い音――恐らく自分を叩いた音――がして「さんきゅ、雪藤」と声がした。
そこにさっきまでの迷っている感じはなく。
「いえ、出過ぎた真似をして申し訳ありません。
それで……本題をお聞きしてもいいですか?」
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