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第58話
電話の内容は想像していた通り、明るい話ではなかった。
発破をかけた割に気の利いた言葉が出てこず、内心自分に向けて舌打ちをする。
『まあいくつかの策は用意してあるんだがな』
正直、何もないうちから動くことは、却 ってこちらの動きがバレるのではないかとも思った。
けれど犀川 が関わる可能性がある以上、どうしてもちらつくのは灯 のこと。
俺ですらそうなのだから、若は尚更だ。
「……なるほど」
とりあえず相槌を打つしかなく、静かに話を聞く。
『詳しくは俺のパソコンに入ってる。どっちみち今日話すつもりだったから……軽く見といてくれ』
「承知しました」
ついでに軽く説明してくれるとのことで、音声をイヤホンに切り替えると、若は大まかな概要を話し始めた。
――――――
――――
――
大体を聞き終え『何か質問あるか?』と聞かれたところで「みやびお兄さん!」と名前を呼ばれそちらに視線をやる、と。
(…………!?)
白くて膨らみのある長い布がそこにあった。
「わあ!?」
思わず声をあげたけれど、よくよく見れば律君がブランケットを頭から被っていただけで。
「ご、ごめんなさい……おっきい声出して」
急に声をかけた事に驚いたと思ったらしい。
しゅんとして謝る彼に、大丈夫だよと返す。
(おばけかと思った、なんて言えない……)
『……大丈夫か?』
耳元からする心配そうな声。
「すみません、平気です」と小声で返し、パソコンを閉じる。
『律起きちまったなら、説明後にするわ。けど、そのまま起きてるなら通話状態にだけしといてくれ』
応答はしなくていいから。
「はい、承知しました」
同意を返し、律君を宥めることにしたのだった。
――――――
――――
――
そして現在 。
大人しくちょんとソファーに座ってブランケットに包 まっている姿は子供らしくて可愛い。
(さっきの話以外は順調に終わったみたいだし、昴さんに見せてあげたいな……)
「ふふ……っ」
思わず漏れたそれに耳元のイヤホンから「何笑ってンだ?」とすっかりいつもの調子に戻った当人の声がした。
「すみません、律君が可愛くてつい」
小声で返すと「へ、へえ……そうか」と普段ならあまり聞けない、悔しさが滲んだ声が返ってくる。
「みやびお兄さん……どうかしましたか?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
(今昴さんの声聞いたら余計不安がるかもしれないしね……)
「……?」
よし出来た、と誤魔化すように言い律君の前にマグカップを持っていく。
そして「あのね」と小声で囁いた。
「俺……実はひとつだけ魔法が使えるんだよ」
「まほう?」
「そう。心を落ちつかせて、元気にする魔法」
「大切な人にしか使えない魔法だから、律君には特別にかけてあげる」
「とくべつ……」
じぃっとココアを見つめこっちを向くと「ありがとうございます」と照れたように微笑んだ。
(……ごめんなさい、昴さん。また律君、すごく可愛いです)
イヤホンにカメラがついていないのが残念だな、と内心思いながら、カップに口をつける彼を眺める。
「美味しい?」
少し熱かったのか、一瞬キュッと目を閉じた律君だったけれどやがてこくこく、と頷き「はい!」と返事をしてくれた。
そして、そのまま再びカップを見つめ「みやびお兄さん」と俺を呼ぶ。
「ん?なーに?」
「あの、ぼく……」
「……?」
「ぼくも、このまほう、使えるようになりたいです」
きゅ、とカップを握りしめてこちらを見る律君。
「昴さん……、さいきん元気ないみたいだから……」
「『…………!』」
電話の向こうでも昴さんが息を飲んだのが分かった。
「どうしたら使えるように、なりますか?」
昴さんも俺も、律君の前ではなるべく心配をさせないようにしてきたつもりだった。
(けど若……俺たちが思ってるより律君は)
日常的にそういう生活を強いられてきたせいだろう。
人をよく観察して、その心を知る術に長けているようで。
改めて思いながら、律君を見つめ返す。
きらきらと純粋でキレイな――――昴さんを想う瞳。
初めて会った日の、あのガラス玉のような虚ろな瞳はそこにはない。
(……本当、頭の良い子だとは思ってたけど)
話せるようになったから、急成長しているように見えるけれど――――実際はずっと前から、心と頭の中で色々感じて考えてきたんだろう。
「あの、みやびお兄さん……?わ……っ」
首を傾げる律君の頭をよしよし、と撫でる。
「おに、さ……くすぐ、ったい……っです……」
「――――律君、君って子は」
抱きしめてあげたい。
「…………?」
手を律君の後ろに伸ばしかけ、耳元から無言の圧力を感じる。
(やば、繋がってたの忘れてた……)
「えと、だめ……ですか?」
可愛らしい、そのお願い。
首を横に振り、「そんなことないよ」と笑う。
「もちろん、教えてあげる。そのココア、飲み終わってからね」
―――――――
『楽しそうだったな、雅クン』
ソファーで少しずつ冷ましながら飲む律君を眺めながら、昴さんと会話をする。
「不可抗力です、どう考えても」
『へえ?』
拗ねたような声にそんなに分かりやすく嫉妬するなんて、と思わず笑ってしまいそうになる。
「律君のココア、飲みたくないんですか?」
『いや、そりゃまあ……』
「しっかり美味しい作り方、教えておきますから。楽しみにしててください」
「……わかった」
楽しみにしてる、と電話越しでもわかるくらい照れと喜びが滲んだ声に、今度こそ俺はふふっと笑ってしまったのだった。
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