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第59話

「楽しみにしてる」 それに対する雪藤の笑う声が気恥ずかしくて再び仕事モードに入れそうになかった俺は「そういうことだから」と半ば強引に話を締める。 「あとは任せた」 『承知しました』 「あんま夜更しすんじゃねーぞ」 『はい』 「ん。じゃ、おやすみ」 おやすみなさい、という声を聞き電話を切って暗くなった画面を見つめる。 (……っとによく見てんだな律は) 連れて来た当初から、人の顔や仕草をじっと見つめる癖はあった。 (けど、まさかそこまでとは) 心配させるなんざ良くないと思いつつ、嬉しいと思う自分もいて。 (……帰ったら……うんと褒めてやろう) そうしよう、なんて心に決めて顔をあげる、と。 「お、おお?」 雪藤や律でなくとも、困惑しているのがバレてしまうような声が出てしまった。 俗に言う膝枕を(のぞむ)北海(きたみ)がしている。 していたのかさせられたのか――いや恐らくは後者だが――はともかく、そんなに待たせちまったかと頭を掻いた。 「……あ、お話終わったんですかー?」 よいしょ、と仕草に気付いた臨が北海の太腿から身体を起こす。   「あ、っと……っ若、これは……そ、その……っ」 俺の表情をどう取ったのか、あたふたと手を振り否定する北海。 (俺、何も言ってねえんだけどな……) 「あー……うん。北海、大丈夫だから落ち着け」 そんな彼をどこ吹く風で臨はううん、と猫のように身体を伸ばす。 「悪かったな、つい話し込んじまって」 「いーえ。見てて楽しかったですよ?昂牙さんの百面相」 「!」 「紅き狼が飼い犬になった瞬間って感じで♪」 ね?北海クン。 頷けるわけもない彼はぶんぶんと首を横に振る、も。 「え?でも“若ってあんな顔するんだ……”ってびっくりしてたじゃない」 妙に上手いモノマネを挟む臨に当の彼は「ちょ、言わないでください!!」と再び焦っている。 「す、すみません若!その……っ」 (そんなに緩んだ顔してたのか……俺) はあ、と一つため息をこぼしながら北海と改めて名前を呼ぶ。 「……別に気にしてねーよ。ただ」 「は、はい……っ」 「――――他の奴らに言ったら……分かってるな?」 敢えて笑顔を含ませて言ってみた。 「は、はいぃぃい!」 思ったより脅しになってしまったらしい。 漫画みたいな声で叫び頭を下げる北海。 「あはは、北海クンほんとかわいー」 一方で臨は頬杖をつき、ニコニコと愉しそうに笑う。 「お前もだぞ」 唇に指を当てると、同じように返しながら「分かってますよう」とウインクする。 「じゃ、取引料に加算しておきますね」 「おまっゼロ一つ多……ったく、ちゃっかりしてんな。ほんと」 「ふふー、でも昂牙さん」 「ああ?」 「出会った頃の“紅き狼(レッドウルフ)”の貴方も強くて漢らしくて大好きでしたけど」 ばち、と目が合う。 「今の(もろ)そうで壊れそうな……危うさがある昂牙さんも良いと思いますよ」 「それは……忠告してくれてンのか」 「ええー?純粋なほめ言葉ですよう」 やだなあ、なんて笑う顔からは本心か冗談かは読み取れず。 「歳を重ねて魅力が増したってことじゃないですかー」 (…………これ以上は聞いてもはぐらかされるだけだな……) 「――まあ、そういうことにしとくわ。ありがとな、リンちゃん」 ―――――― 北海視点 (さかのぼ)ること数十分前。 露草さんから情報を聞き考え込み、雪藤さんに電話をかけた若。 真剣でありながら、俺ですら分かるいつもと違う雰囲気にどうするべきか考えたものの、良い案は浮かばず。 そうこうしているうちに、内容までは聞こえなかったけれど「さんきゅ、雪藤」と若が言った頃にはいつもの彼に戻っていた。 (やっぱりすごいな……雪藤さんは) 顔が怖くない事とか昔はサラリーマンだった事とか本人は気にしているけれどその実、若衆はもちろん幹部衆からも一目置かれている。 (いつか俺もあんなふうになれるかな) どうやったら……そうだ今度色々聞いてみようかな、なんて考えていた、その時。 ぱんっ 「うわあ!?」 目の前で伸びてきた手が鳴らされ、声をあげてしまう。 「えっと、つ露草、さん……?」 目が合い、にこりと笑った彼は先ほどまでの仕事モードからバチリとスイッチを切り替えたように、「ねえねえ北海クン」と俺を呼んだ。 「は、はい?」 「……そんなに知りたい?昂牙さんと雪藤君の昔のお話」 「は、へ?なん……」 なんで分かったんですか。 「顔に出てるよ?過去を知れたら自分もあんなふうになれるかな、って思ってるでしょ?」 「!」 「あはは、ほんとわかりやすいね」 でも、と猫のような目を細くする彼。 それはオンでもオフでもない“露草臨さん”の姿で。   「君は雪藤君のようにはなれないよ」 「……っ!そんな、のわからな……んぐ」 手のひらで口を塞がれて「しーっ」と言葉を遮られる。 「お電話中だから静かにね」 「…………」 「馬鹿にしてるわけじゃなくて……そう。北海クンには北海クンの良さがあるでしょう?」 ちら、と見える若はこちらに気付いている様子はなく。 「これは北海クンだから忠告してあげる。二人の過去を彼らに聞くなんて、しちゃダメだよ」 優しいけれど冷たさを感じる声で彼は言う。 「…………誰だって触れられたくない傷の一つや二つ、あるものなんだから」 それはまるで自分(つゆくささん)自身にも関わる言葉のようで。 コクコク、と頷けば「イイコだねー」と手を外してもらえた。 「ぷは……すみません、露草さん」 聞くようなことしませんから、と息を整える。 「うん、そうしてあげて。約束だよ」 そう言って小指を立てる姿に先ほどまで感じていたた怖さや冷たさはなかった。 「はい」 それでも「針千本飲ーます」という言葉は本当に実行されそうな気がして思わず身震いしてしまう。 と。 「何やってんだ?」 雪藤さんへの説明を一旦終えたらしい若が、ようやくこちらを見た。 「仲良ししてたんですよう。ね?北海クン」 「そ、そうっす!」 「ほー、そりゃあ良かったな」 横でニコッと笑みを向ける変わり身の早さに、思わず噛んでしまったが、特に変には思われなかったようで。 「残りの情報も説明して大丈夫ですか?」 「ああ、頼む。どうせだから、雪藤も繋がったまま聞かせてっから」 「はーい、それじゃあ次は――――」 そう言って若の隣に戻り、再び仕事モードに入った彼は何事もなかったかのように淡々と語っていく。 (若と雪藤さんの過去……) 聞き逃しのないようにとメモを取りながらも、どうしても気になってしまうそれ。 (いや、こんなんじゃ雪藤さんどころか南雲(なくも)にだって並べない……) 二人に気付かれないよう、頬を叩く。 軽く深呼吸をし、どうにかそれを思考の外に追いやることへ成功したのだった。

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