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第60話

―――――― (げんきが出ますように) みやびお兄さんに教えてもらったとおりに、まほうをかけながら、くるくるとおなべのなかのおたまを動かす。 ふわふわとおへやの中に、ココアの甘い匂いが広がっていく。 「いいにおい……」 くんくんとかいでいると、そろそろ良いかなってみやびお兄さんがおなべのなかを見た。 「――うん、良い感じ♪」 こぽこぽとお兄さんがマグカップにココアをいれる。 そして、そのまま一口飲んでおいしい、ってほめてくれた。 これは昴さんきっとすごく喜ぶよ、って笑ってくれる。 もちろんそれはすごくうれしいことなんだけど、どうしても伝えたくてお兄さんを呼ぶ。 「あ、あの……みやびお兄さん」 「うん?」 「その、ココア……みやびお兄さんがげんきになりますようにってお祈り、したんですけど……」 「!」 「げんき、出ましたか?」 「え、とその……律君」 「は、はい」 「……俺が最初でいいの?」 ほっぺが赤くなったみやびお兄さんは照れてるみたいで、はずかしそうにぼくに言った。 「ぼく、みやびお兄さんのことも、だいすきなので……お兄さんにもげんきになってほしい、です」 「そ、そっか……ありがとう」 あんまりお兄さんの顔が赤いから、なんかぼくまでちょっとはずかしい、って照れてしまう。 「でも昴さんには俺が最初って内緒だよ?」 寂しがるからね、とお兄さんは口に指をあててしーってする。 「!……はい、ないしょ、です」 まねをしてしーって口に指をあてた。 「うん。いい子だね」 うれしそうにみやびお兄さんは笑う。 (よかった。お兄さん、げんきでたみたい) ぼくもふふってつられるように笑った。 ――――― ――― ―― (はやく、昴さん帰ってこないかなあ) おふとんの中でぼくは、さっきとはちがう気持ちで同じことを考える。 『昴さんきっとすごく喜ぶよ』 みやびお兄さんの言葉を思い出すと、今は明日がたのしみになって。 (おかえりなさいして、それからぎゅってしてもらって……) 「ん……律君?どうしたの?」 そわそわしたからかな、隣のおふとんにいるみやびお兄さんが心配そうな声でぼくを呼んだ。 「もしかして……また、怖くなっちゃった?」 眠れない?って身体を起こそうとするお兄さんに慌てて「ちがいます」と首をふる。 「はやく、昴さんにあいたいな……って」 「……そっか」 優しい声といっしょに、お兄さんの手が頭にのびてくる。 「でも、あんまり夜更しするとそれはそれで、昴さん心配しちゃうから……今日はもう、おやすみしようね」 ぽんぽん、となでてくれるリズムが気持ちよくて「ふぁい」とあくびをしながらお返事してしまう。 「ふふ……おやすみ、律君」 おやすみなさいって返しながら、ぼくはゆっくり目を閉じた。 ――――――― (……やっぱり犬みたいだなあ、律君て) 素直で一途で、と目を閉じた彼を撫でながら思う。 忠犬ってこういうことを言うんだろうと、しみじみと思ってしまう。 と。 少ししてすーすーと寝息が聞こえ始め、俺は安堵の息を吐いた。 (良かった、寝てくれて) 『元気でた?』 ふいに頭の中で(かのじょ)の声が響いた。 たぶんさっき、律君が同じように聞いてくれたからかもしれない。 (……懐かしいな) 初めて、彼女にココアを淹れてもらった時のことを思い出す。 (あの日は営業が上手くいかなくて、落ち込んでて) 情けなくて、頑張って隠したつもりだったけれど、(さと)い彼女には簡単にバレてしまって。 『魔法かけてあげる』 それでも何も聞かず、ただ俺が元気になるのを願って淹れてくれたそれ。 律君と同じ、優しい気持ちで作ってくれたココアは甘くて優しくて、とても嬉しかった。 (――――巡り巡って、今度は律君が昴さんを元気にして……) これが運命ってやつなのかな、と心の中で呟く。 ((あかり)……ありがとう) なんとなく呟いて、律君の上に置いていた手の動きを止める。 さらさらと柔らかい黒い髪。 指通りが良いそれは触るとなるほど気持ちが良い。 (昴さんはいつも、こんな気分なのか……) 日中の律君を撫でて眠る彼を思い出し、納得すると同時にまぶたが重くなってくる。 (たしかに……これは、よく、ねむれそう) 安眠効果ばっちりだなあ……律君パワーすごいなあ、と回らなくなってきた頭で考え、俺も寝ようと手を布団に戻す。 深い眠りに入っているらしい彼は気付くことなく、可愛らしい寝顔のままで。 もう一度そっと「おやすみ、律君」と声をかけて、今度こそ眠ることにしたのだった。

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