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第62話
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上から差してくる光。
暖かいけれど、ちらちらと揺れるそれに意識が半分覚醒する。
(まぶ、し……)
思わず腕で顔を隠すと「あら」 と懐かしい声がした。
(え……?この、声)
ゆっくりまぶたを開けたそこはある公園のベンチの上で。
ちらちらしていたのはそばにある木々の間から差す木漏れ日だった。
「気がついたのね」
綺麗な赤い色――昴さんよりは若干緋色っぽい――の髪を一つに束 ねたポニーテール。
猫のような丸い瞳。
昴さんのような凛々しさを残しつつも、柔らかい女性的な印象を与えるその姿。
「え、と…………?」
それは紛 れもない、天景 灯 その人だった。
「大丈夫?まだ気分悪い?」
そんな戸惑う俺の反応に眉根を下げ、額に手を当ててくる彼女。
看護師の資格を持つ灯はテキパキと俺の身体をチェックしてくれる。
「――うん、まだ少し脈が速いけど許容範囲ね」
(ああ……そうか、これは……)
夢の中であり、記憶の再生だ。
妙に冷静に、そう納得した俺はゆっくりと身体を起こした。
「……ありがとう、もう大丈夫だよ」
俺の言葉にふわりと笑った彼女は改めて「良かった」と呟く。
「でも、兄さんが来る前からそれじゃ……実際に会ったら大変な事になるんじゃ」
(!……なるほど。あの日、か)
その言葉に、この夢がいつの記憶 なのかピンときた。
これは、この夢は――俺と昴さんが初めて出会った日。
会ってほしい人がいる、と言われ一通りの説明を受けたあと。
極度 の緊張により俺は貧血を起こし、公園のベンチで灯から介抱を受けていたのだった。
懐かしいな、と心の中で笑うも顔に出てしまったようで。
「雅君?」
やっぱりまだ、と心配してくれる彼女に、改めてちゃんと笑いかける。
「大丈夫。君のお兄さんだもの……優しいに決まってる」
怖いわけないじゃないか。
(本来のこの日には言えなかった言葉。そして、これは今だからこそ言える言葉)
「あら、さっきまであんなに怖がってたのに?」
「う……それは、言わないで…………」
「けど、そうね――――兄さんのこと、少しずつでも好きになってくれたら、嬉しい」
クスクスと笑う姿は、夢とはいえ記憶の中の彼女と何も変わらない。
「――――うん。だって君の……灯の自慢のお兄さんだもんね」
「ええ、ありがとう。兄さんもきっと雅君を気に入ると思うわ」
そして視線を上げた先。
「あ!」
声をあげた彼女はベンチを立ち、目的の人物に駆け寄っていく。
「兄さん!」
「悪 ィ、待たせちまったな」
今より少し若く、近寄り難 い雰囲気がいつもより多めのその人――昴さんは彼女に向けて優しく笑いかける。
多少記憶に補正がかかっているとはいえ、その顔は今、現実世界で律君に向けるものと同じもので。
ただそれに気が付けるのは今だからこそ。
当時の俺はそこまで気を配る余裕なんてなく……ただただ、兄妹 のやりとりを遠目から眺めることしかできずにいた。
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『兄さん、会ってほしい人がいるの』
数日前、そんな一言ともに空けておいてと言われたこの時間。
ついにこんな日が来たかと切なく思いつつ、約束の公園を訪れ、呼び出した本人を探す。
「…………お、いた」
声をかけようとした瞬間、顔をあげた彼女にひょいと手を上げ軽く振る。
駆け寄ってきた彼女は「兄さんたら」とため息混じりに口を尖らせた。
「もう……あんまり目立たない恰好で来てねって言ったのに」
俺の恰好――和装姿を見て拗 ねたような声で言う彼女に「しゃあねえだろ」と返し腕を組む。
「組長 から呼び出しがあったンだよ。そのまま直接こっち来たんだから許せ」
「――……仕方ないなあ、分かった。じゃ、スーツよりは怖くないから許してあげる」
何故か得意げな彼女に「ハイハイ、アリガトウゴザイマス」と棒読みで返し、それよりと話を遮 る。
ちら、と見た視線の先にいる青年は余程 の緊張感からか動けずに固まってしまっているようだった。
(大丈夫、かねえ?)
俺がソウイウ人間だとちゃんと説明してあるのだろうか。
流石 に普通の……一般家庭のサラリーマンとは言っていないだろうが、俺一人と会うだけでこの状態では本家に連れていくのは正直厳しいように思える。
(……確実に怯える姿が目に浮かぶ、な)
が、灯が選んだ人物な以上――できる限りの応援はしてやりたい。
しかし、何せ彼女は組としても妹のような存在なわけで。
恋人として連れていくには、やや修行が必要かもしれないと一人頷く。
「んで……挨拶しにいっていいか?」
「待って、ちゃんと私から紹介するから」
(おお?)
育った環境のせいか、どちらかといえば余裕たっぷりな顔をしていることの多い彼女だが、流石に多少なりとも緊張しているらしい。
少しそわそわした素振りを見せ「雅君」と彼を呼んだ。
「は、はいっ」
まるで何かの式のような……キレイな返事をした彼はこれまたキレイに立ち上がり一礼する。
「はじめまして!ゆ、雪藤雅です……っ」
よろしくお願いします、と噛みそうになりながらも言い切り、まっすぐにこちらを見た彼に俺は。
(――――へえ……)
本当にただ緊張しているというだけで、実はなかなかいい男なのかもしれない。
直観的にそう感じたのだった。
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