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第3話

車を下りると、電話してきた張本人である南雲(なくも)が走りよってくる。 「すみません若、ご足労頂いて」 「おー、別に構わねえよ」 ペコペコと頭を下げる彼の肩を叩く。 「で、どうしたんだ?」 「は、はい!実は……」 "気配は確かにするのに人の姿が見当たらないんです" "一ヶ所怪しい部屋があるんですけど不気味で……" 移動しながら、南雲の説明を聞く。 (……不気味が怖くてヤクザやってられっか) 思いつつも、彼らはまだ若く経験も浅いのだから仕方ないと自分を納得させる。 問題の部屋の前にいた若い男が慌てて頭を下げた。 無理もないが二人の顔色は相当悪い。 (ったく、どっちが債務者なんだか……) 南雲ともう一人、北海(きたみ)はまだ新人。 仕事に慣れてきたとはいえ、逃げたかもしれない状況はほぼ初めてなのだろう。 動揺を隠せずにいる二人に対して、ぱんっと手を叩く。 びく、と肩を震わせ彼らはこちらを見た。 「ったく、なんつー顔してんだ。ンな顔で、滞納してる奴らが金返すと思ってんのか」 シャキッとしろシャキッと。 その言葉に我に帰り、少し落ち着いたらしい二人は、すみませんと謝った。 「けど、どうしたらいいんですか?」 逃げてたら、と焦る北海の名前を呼ぶ。 「逃げてたら地獄の果てまで追っかけりゃいい話だ。堂々としてろ」 それにまだ、そうと決まったわけじゃない。 そう言い聞かせ、深く息を吐く。 とはいえ、中にいる可能性がある以上確認する必要はある。 「うし、じゃあ……ま。俺が確認してくっから待ってろ」 ガチャリ。 「なんだ、開いてんじゃねえか」 「あ、いえ……俺達が着いたときにはここはもう開いてました」 (……マジか) となるとやっぱり夜逃げか? いや、その怪しい部屋に隠れてんのか? 頭の中で思案を巡らせながら、二人を手招きする。 「お前ら、どっちか一応下で見張っとけ」 「はい」 小声に小声で返した北海が慎重に部屋を出て、走っていく。 気付かれて逃げられたらどうすんだ、と思いつつ玄関を閉める。 「お邪魔しまーす。墨染さーん、居ないんですかー」 しーんと静まりかえった室内。 何の音もしないそれに少し不気味さを感じつつ、踏み込む。 「……南雲、お前は一応ここにいてくれ。何かあったら呼ぶ」 「分かりました」 (湿っぽいな……) まるで何年も人なんて住んでません、と部屋が言ってるように感じるほどにはひんやりとした空気が流れている。 一歩一歩、歩くごとに得体の知れない何かが隠れているような、そんな感覚が強くなる。 (……もしかすると) 意を決して一つめのドアを開く。 「…………誰もいねえか」 その事実にホッとした自分に苦笑し、部屋に入る。 「缶ビールに焼酎の空き瓶、空いてねえのもあるな」 (夜逃げにしては不自然な気もするが……) だが、居ない以上はやっぱり逃げたか……。 そこまで思い、ふと違和感を感じた。 「……?おーい、南雲ー」 俺の呼び声に彼が走り込んでくる。 「お呼びですか」 「おー。あのよ、ここの借り主って一人暮らしだったか?」 「へ?えーと……いえ、父親と息子二人暮らしみたいです」 「息子、ね。いくつだ?」 「資料によると……十五、ですね」 その言葉を聞き、なんとなく、この間の闇オークションを思い出してしまう。 親に捨てられ、商品として買われ、ほとんどが哀れな運命を歩むだろう少年達。 「十五ってことは……まあ、頃合いだな」 「若……?」 「こっちの話だ」 立ち上がり、再び室内を見る。 「……ああ、なるほど」 違和感の正体、それは"写真"だった。 フレームに納められた家族"三人"の写真。 しかしどれもこれも古びていて、最近撮ったと思えるものは一枚も無かった。 「……怪しい部屋ってのは奥か?」 「はい」 「分かった。ちょっと見てくる」 端的に告げ、その部屋へと向かう。 「……あ?」 (んだ……?この鍵のかけ方……) "内側"からではなく"外側"から。 まるで中に魔物でも封印していますとでも言いたげに、厳重に。 ご丁寧に南京錠までかけてある。 「…………」 (あー……確かにこりゃ不気味だわな) 悪かったな二人とも。 心の中で謝罪し、懐から携帯を取り出して北海に連絡をする。 彼に車からボルトカッターを持ってきてもらい、鎖を切断した。 開けた先、俺達が目にしたもの。 「…………は……?」 それは、極普通な一般家庭では絶対に目にすることのない光景。 いや、この世界にいても実際に自分の目で見ることは少ないと思うが。 ――そういう店でも、ない限り。 「……わ、か」 俺ですら戸惑った光景。 南雲達も当然の如く固まる。 狭い畳の空間に、布団一枚が敷かれ、横には杭のようなものが穿たれている。 そこから伸びる長い鎖をたどると、革製の黒い首輪に繋がれていた。 だが、その首輪の主は可愛らしいチワワでもなければ獰猛な土佐犬、ましてや魔物などではなく。 「…………おとー、さん……?」 目隠しをされ、両腕を拘束され布団に転がされた少年だった。

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