4 / 67

第4話

あどけない、まだ声変わりを迎えていないらしいその声は咄嗟に反応出来なかった俺達を疑問に思ったようで、再び「おとーさん?」と呼びかけてくる。 「えっと、若……」 どうしたら、と戸惑う二人を動くな、と目で制し、部屋の中へひとり足を踏み入れる。 目隠しで当然、見えてはいないだろうが少年の顔の前に腰を下ろした。 「……悪ィな親父さんじゃねえんだ。なんつーか、親父さんの友達みてえなもんなんだけどよ」 父親じゃない。 それを理解した瞬間、彼から溢れ出すのは強い警戒心。 きゅ、ときつく唇を結び、目隠しの下で怯えられているのをひしひしと感じる。 (……そりゃそうだよな) 今にも泣かれてしまいそうな雰囲気に、さてどうしたものかと首を捻った。 (変に刺激して騒がれても……) ちらと目配せして、南雲(なくも)を外に向かわせる。 「あー……あのな、お前に何かしようってワケじゃねえんだ。少し親父さんと話したいだけなんだよ」 居場所、知らねえか? しかし残念ながら、その言葉に反応は無い。 (まあ……子供を売る親はいても親を売る子供なんていねえわな) しかたねえ。 そう思い、とりあえず目隠しを外してやろうと手を伸ばし、はたと気がつく。 「……お前、なんで……」 なんでキレイなんだ? 容姿が綺麗という意味ではなく。 言うなれば清潔感、衛生面から見た綺麗ということだ。 誰かが世話してやらなきゃ、こうはならない。 開けた瞬間、父親を呼んだ。 ここに閉じ込めたのも訪れるのも恐らく父親のみ。 ならば、普通に考えて世話しているのは父親、だが。 あのアルコールの量、ゴミの量。 室内に入った瞬間の湿っぽさと埃っぽさ。 とてもマメに世話しているとは思えない。 (…………ッチ) 心の中で舌打ちし、ちょいちょいと北海(きたみ)を手招きする。 「……なんでしょうか」 「お前、他に怪しいモンねえか別の部屋ゴミ箱まで探してこい」 「……は、はい!」 自分で思い至った一つの可能性に苛立ち、思わず口調が強くなってしまった。 (っと、ヤベ) 更に警戒させてしまう、と瞬時に少年を見るも、特に微動だにせず未だに沈黙したままだった。 そのままなのも気の毒には思ったが、顔を見せて怖がらせてもと思い、とりあえず目隠しは外さないことにした。 部屋を出て、ドアを閉める。 寄りかかり、携帯を取り出した。 (さて……) 可能性が真実かどうか確かめるために、リストからある人物を選択し、かける。 『お電話ありがとうございます。荒島動物訓練所(アニマルトレーニングスクール) 所長の荒島と申します』 「おう、俺だ」 『大変申し訳ございません。当方、オレオレ詐欺はご遠慮頂いておりまして』 「……誰だってそうだろうな。今日は遊んでやる暇はねえんだ、ちょっと聞きてえことがある」 『…………なんでしょうか、昂牙さん』 咳払いの後、先ほどまでと打って変わり、幾分かトーンを落とした彼は表の営業モードから裏の仕事モードに切り替わったようだ。 「お前よお、最近天立組(ウチ)のシマで仕事してっか?」 『え?ええ、表と裏と何件か』 「そん中に"墨染"っているか?」 声を潜め、問いかける。 ちょっと待って下さいね、との言葉の後にカタカタとキーボードの音がした。 『……お待たせしました昂牙さん』 「おう。で?」 『いましたよ。十五歳、性格はそこそこ従順。見込み有り』 淡々と告げられるその事実にすっと心が冷えていく。 「…………そうか」 『なんです?もしかしてペットが欲しくなったんですか?』 違ェよそんなんじゃねえ。 その言葉に何やら察したらしき彼は、こほんと再び咳払いをする。 『失礼しました。最後まで聞いて下さい』 「あ?」 『彼、正式にはまだ受けてなくて』 「どういうことだ?」 『何でも父親が逃げたとか何とかで、契約が進まないんですよ』 困っちゃいますよね、と彼はため息を吐く。 『まあ仮とはいえ、見込み有りの子なんで世話担当は付けてますが……ってあのー、昂牙さん?』 「……ああ、悪い。で、もう一つ聞きてえんだが」 『なんでしょう?』 「その、世話担当ってのはよお、つまみ食いもOKにしてんのか?」 一瞬驚いたようだが、即座に『どういうことです?』と氷のように冷たい声が返って来た。 「まんまだよ」 その答えに、それはそれは深いため息を吐き出した彼は『今からそちらに向かいます』と電話を切った。

ともだちにシェアしよう!