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第5話

通話を終え、部屋に戻った。 動けない少年は当然ながら、先ほどと同じく布団に寝ていて。 ドアを開けた音にびくんと反応し、身体を震わせる。 「……外してやるから、大人しくしててくれな?」 なるべく怖がらせないように話しかけ後ろに回り、両腕を戒めていた縄を解いていく。 真っ赤な筋となって残った痕は痛々しく、さすがの俺でも思わず眉をひそめてしまった。 「あー、こっち、は……」 繋がっている鎖は逃げ出せないようにだろう、頑丈なもので簡単には切れそうにない。 首輪自体も特殊なようで、普通には外れず。 切ってしまえばいいのだろうが、ただでさえ怯えている彼の喉元に刃物を当てるのは(こく)すぎる。 頭を悩ませている所へ「若!!」と北海と南雲、二人が走り込んできた。 「お前らな、もう少し静かに……」 「すみま、せ……っ」 「あの……っ」 「落ち着けって。なにがあった?」 肩で息をする二人は互いに顔を見合せる。 「どっちが先でもいいから、な?」 話せ、と促せばじゃあと北海が先に口を開く。 「こ、れ……見つけました」 借用書、と書かれた紙の束。 ぱらぱらとめくると、天立組以外にも数件、借金しているらしかった。 (……首が回らなくなって息子売って夜逃げ、か?) それからこれも、と差し出されたのはくしゃくしゃになった形跡のある紙。 売買契約書、預託承諾書と書かれたそれには"墨染"とだけしか書かれておらず、確かに契約書として成立していない。 「……よく見つけたな、サンキュ」 ちらりと南雲に視線を送る。 息を整えた南雲はそれでも珍しく焦った声を出す。 「あ、あの……あの人が来て……」 彼が言葉を紡ごうとした瞬間、玄関の扉が開く音がした。 「失礼致します」 その涼やかな声とともに入って来た男、荒島 涼(あらしま りょう)。 表の顔はアニマルトレーナーだが、裏社会では人間調教師としても有名な人物で。 南雲も北海も、動物的勘なのか、自然と離れた位置に移動している。 「悪ィな、呼び出して」 「いえ、むしろご迷惑をおかけして申し訳ありません」 頭を下げ、室内に目をやった荒島はその端正な顔を歪めると、即座に携帯を取り出しどこかへ連絡を取る。 「――ええ、はい――分かりました、ありがとう」 「……で?どうなんだ」 「言い訳にしかなりませんが」 彼は少年に近づき、目隠しを外す。 ぱちぱちと眩しそうに瞬きをした彼の瞳は、少し濁っているように見えたが、本来は綺麗な色なんだろうと推測できる。 「……一番信頼できる男に任せてたんです。それこそ、俺の下でずっと働いてくれてた男に」 それがこんな形で裏切られるとは。 怒りと哀しみと呆れと。 色々な感情が混ざったらしく、深いため息を吐いた彼は少年へと、再び手を伸ばす。 びくりと身体を震わせる少年。 けれど避ける力も残っていないようで、荒島の手がその頬を滑る。 「怖い思いをさせてしまいましたね……少し眠るといい」 「っあ、おい!」 首輪の一部分、ボタンらしき突起に彼が触れた瞬間、少年は少し呻きやがて意識を失った。 「ご安心を。ただの麻酔ですから」 殺すわけないでしょう、と首輪に手をかけ、丁寧に外した。 首にもくっきりと赤い模様が出来ていて、日焼けしていない白い肌が、その痛々しさを余計に際立たせている。 「荒島」 はい?と恐らくは担当への制裁を考えていたのだろう苛立ちのこもった返事がくる。 「その子供、どうすんだ?」 え?と荒島だけでなく、離れていた北海と南雲からも驚きの声があがる。 「なんだよ、俺が心配したらおかしいか?」 「あ、いや!」 「そういうわけでは……」 焦る二人を尻目に荒島はひとり、そうですねえ意外です、とゆるりと口元に弧を作り、目を細める。 「ほんっっと素直だな、荒島クンは」 お褒めに預り光栄です。 いや褒めてねェよ。 そんなやり取りの後「冗談はさておき」と手を打つ。 「少なくともウチでは"愛玩人間(ペット)"にはしないですねえ……一旦心的外傷(トラウマ)を負ってしまうと、なかなか厳しいんですよ」 ほら愛玩人間(ペット)愛好家って最初から人懐こくてカワイイ子を好むでしょ? 「……ああ、まあそうだな」 この間のオークションでも、高値で買われていったのはそういう少年ばかりだったことを思い出す。 「稀に物好きで、未調教を欲しがる方もいますけど、そういう人達は大抵、玩具扱いですから」 だから、と言葉を切りいたずらっ子のような笑みを浮かべる。 「私としては手をかけた子には、大切にしてくれる人の所へ行って欲しいと思っているんです」 まあこの子はまだ、仮ですけどね。 にっこりとした微笑み。 さすがに彼の言わんとしている事がわからないほど、鈍くはない。 「…………わーったよ。俺が面倒見てやる」 「わ、若!?」「本気ですか!?」 「ええっ本当ですか?」 本気で驚いている二人は別として、わざとらしく驚く荒島を小さく小突く。 「契約書でも何でも、きっちり揃えて組に持ってこい」 「かしこまりました」 微笑む彼に俺は「ほんっっと食えねえヤツ」ともう一度小突きをお見舞いしたのだった。

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