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第12話

「……それじゃ行ってくる、な」 不安げな顔で、昴さん……若は玄関に立つ。 律君がいるとはいえ、天立組次期組長候補という立場は変わらない。 変わらない以上、仕事はこなさなければいけないのだ。 「大丈夫ですよ。ちゃんとお世話しますから」 若の代わりといってはなんだが、数日間お休みをもらった俺が律君のお世話をすることになった。 「……頼むわ。何かあったら電話と、何もなくてもメールくれると助かる」 奥の部屋、彼の方向に目を送りながら静かな声で若は言う。 「わかりました」 いってらっしゃいませ、と見送り彼が眠る寝室へと向かう。 抱き上げると起こしてしまうから、と結局布団を敷き、そこに律君を移動することにした昨夜。 布団に関してトラウマがないか、気にしていた若だったがそれはどうやら杞憂に終わったようで。 (……うん、良い寝顔) 今までよほど、ちゃんとした"睡眠"を取っていなかったのだろう。 それはそれは気持ち良さそうに寝息を立てる姿にほっと息を吐き、起こさないようキッチンへ向かう。 (朝ごはん……何がいいだろう) 玉子粥はまだ残ってはいるが、朝も同じものというのも味気ない。 だが、そもそも好みがわからない以上、食べてからの反応を見るしかない。 とりあえず温めて何か足そう。 そう思ってくるくるとかき混ぜていると、不意に視線を感じてその方向を見る。 ふすまの所にしゃがみ、こっちを見る姿に笑みを返す。 「律君おはよう。よく眠れた?」 ぱちぱちと瞬きする様子は、十五とは思えない体躯と仕草で。 「ごはん温めてるから、ちょっと待ってね」 首を傾げるその姿に、言いたいことがあるのだろうと思ったけれど、待てども待てども言葉はなく。 「……?ああ、若……じゃなかった。昴さん?」 火を止めてお椀によそいつつ、聞いてみる。 「昴さんはね、お仕事なんだ。夕方……えっとお空が真っ黒になるまでには帰ってくるよ」 小学校二年生から虐待を受けていたのなら、どのくらいの学力なんだろう。 残念ながら、それを知る術がないのでとりあえず、小さい子に教えるように言ってみる。 (……若の事を聞きたいんじゃなかったらどうしよ……) ふと不安がよぎるものの、再びゆっくり瞬きした律君は特に何も言わなかった。 「とりあえず、朝ごはんにしよっか」 「おはようございます!」 びしりと揃ういつもの声にいつもの姿勢。 「おー、元気良いなお前ら」 車から下り、笑いを溢し、砂利を踏む。 いつもと同じ光景で、変わらないのに何故だか、いつにも増して活気に溢れているように見えた。 わかってはいる。 そう感じるのは、律の事が頭にあるからなのだろう。 「若。昨日の件ですが……」 事務所に入り、自分の席へつくと南雲が素早く寄ってきて、耳打ちする。 「おお。父親見つかったか?」 「あ、いえ……まだ行方知れずで。足取りを追ってはいるのですが……」 「……そうか。わかった」 律の父親。 そいつが今どこで何をしているのか。 律がどうしても彼の下に帰りたいというなら話は別だが、出来れば近付けたくない。 というか、顔すら思い出して欲しくない。 そんな事を考えて知らず知らずの内に殺気が出ていたらしい。 そばにいた南雲だけでなく、他の奴らまでピリッとした空気を放っていた。 「……あー、悪い」 張りつめた空気が少し緩む。 (……律の前では考えねえようにしよう) ただでさえ、怯えさせてしまうというのに、殺気なんて浴びせたらとんでもないことになる。 ふう、とため息ごと父親への怒りを吐き出した。 「何かありましたか?」 心配そうな南雲の顔。 「いや。大丈夫だ」 ひらひらと、手を振り平気な事を示す。 何か言いたそうではあったものの「わかりました」と一礼して、自分の場所に戻っていく。 (とりあえず今日の所は雪藤(アイツ)と一緒だし、怖い思いはしねえだろ……) うん、と自分の考えに頷き自身を納得させる。 そして、気合いを入れるため、自分の頬をぱしっと叩く。 「お前ら、今日も一日気合い入れてやれよ」 「はい!」という威勢の良い返事を聞きながら、一番気合いが必要なのは俺か、と心の中で苦笑したのだった。

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