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第14話

「心因性失声症……か」 「そう。分かりやすくいうとストレスで声が出なくなるの」 一昨日。 雪藤(ゆきふじ)に話を聞き、(かすみ)に相談すると、ちょうど様子を見たかったんだと、彼は言った。 明後日の夜なら、そっちに行けるよという彼に、それじゃあなるべく早く頼むと告げた。 そして現在、検診に訪れた霞は、記入し終わったカルテを俺に渡し、説明している。 「なるほどな……」 初めは慣れてないし、警戒してるから話さなくても仕方ない。 そう思っていたのだが、確かに怖がった時に悲鳴もあげず、少しは慣れた雪藤といても全く喋らない姿に、不思議に思ってはいた。 診察を終えて二人が向かった風呂場をちらりと見る。 律はやはり雪藤は怖くないらしく、安心して入浴出来ているようだ。 ザーザーというシャワー音に耳を澄ませながら、霞の説明にも耳を傾ける。 「自然に治る時もあるし、治療が必要な時もある。どちらにしろ、こればっかりは時間が必要だから、どのくらいかかるかはわからないね」 「……ん。それは勿論待つけどよ」 「……ふふ、そっか」 「……なんだよ」 「いや?別に」 からかうような、愉しそうなその表情に妙に気恥ずかしくなりカルテでばし、と頭を叩く。 「ッいった」 「俺を見て笑うたあイイ度胸じゃねェか、霞クン」 「だからー、別にって言ったじゃん!」 俺に対してこうも軽口が叩けるのは、霞くらいだ。 だから思わずこちらもそれに合わせてしまう。 互いに本気ではないとわかってはいるものの、ぽんぽんと言葉の応酬が続く。 と。 「なに騒いでるんです?」 こっちまで聞こえてますよ。 それを止めたのは雪藤の静かな声で。 頭にタオルを被った雪藤が脱衣所から覗く。 「あ、雪藤君。聞いてよ、昴ったらさー」 「は?お前が先に仕掛けてきたんだろーが」 「なんだ、いつものじゃれあいですか」 言うや否や、顔を引っ込めて律君と呼ぶ声がした。 「おじさん達はほっといて髪乾かそうね」 「いや、昴はともかく僕はオジサンって年齢じゃないよ!?」 「いや、俺をオジサンっていうならお前もだろ。ほぼ同い年なんだから」 「気持ちの問題!」 「あーもう……」 恐らく雪藤はうるさい、と続けたかったのだと思う。 けれど、言う前に彼は動きを止めてしまった。 思わず俺と霞もどうした?と一時休戦する。 「――律君、今、もしかしてちょっと楽しい?」 「……!!」 「本当!?」 ガタッとソファーから立ち上がりかけ、雪藤に目で威嚇される。 その剣幕に押され、二人で大人しくソファーに座り直した。 「ごめんね、律君。誰も怒ったわけじゃないから、大丈夫だよ」 律は否定したんだろうか、姿は見えないが、宥める声がしたあと、雪藤の後ろに隠れて律が出てくる。 「気持ち良かったか?」 数秒置いてコクン、と返ってきた反応にそりゃ良かったと返す。 『言葉じゃなくてもいいよ。良かったら頷いて嫌だったら首を振って?』 声を出さないんじゃなく、出せないのでは? そう思った彼が律に教えたらしい。 その結果少しずつではあるものの、yesかnoで答えられるものには反応するようになった。 温まって血行が良くなった桜色の肌に、ほっと胸を撫で下ろした。 にしても、初日は血色が良くなかったのもあって思わなかったが、なかなか今の律は可愛らしい。 子供らしさが出ているというか、なんというか。 だか、いかんせん線が細いので、どちらかといえば少女にも見える。 うーん、でもやっぱ男だからなあ、食わせてもう少し肉つけてやらねーと。 見つめながらそんなことを考えていると、霞がちょいちょいと肩をつつく。 「……なんだ」 「カオガコワイ」 咄嗟にカルテに手を伸ばしかけたが、律の前なのでやめておく。 律は律でそんな俺の行動に小さく首を傾げていた。 「……着替えてこい、風邪引くぞ」 「お部屋行こうか」 再びコクンと頷いた律は雪藤に手を引かれていく。 その背を見送り、ふうとため息を吐いた。 「……大丈夫だよ、昴」 「あ?」 「このまま、愛情かけてあげたらきっと良くなるから」 「――……ああ、それはもちろん」 当たり前だろ、と続けようとした自分に半分驚き半分頷く。 初めは、あのままオークションに出されてしまいそうだったのが何となく嫌で、ほぼ勢いと荒島の誘導で引き取ると決めたわけだったが。 「昴?」 「ん、ああ。当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ」 天下の天立(あまだて)組の若頭、天景(あまかげ) 昂牙(こうが)サマだぞ。 わざとらしく鼻を鳴らして言ってみた。 「……ふふ、そうだね」 再びの愉しげな笑みに俺は今度こそ、カルテに手を伸ばし軽くぱし、と霞を叩いたのだった。

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