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星降る宿 9

「洋…まだ寝ては駄目だ」 部屋に戻った途端、心地よい疲労感に襲われて畳の上でうとうとしたくなった。 「ん…少しだけ。あんなに泳いだのは久しぶりで疲れたから…」 「全くしょうがないな…少し寝ろ」 丈の声が遠くから聞こえてくる。 まどろみながら、俺は夢を見る。 いつもの恐ろしい夢じゃない、悲しい夢でもない、さっきプールで見たオレンジ色の暖かい光で包まれた幸せな夢だ。 この前会ったあいつが幸せそうに座っている。 屋敷の窓際に座って夕日を眺めている。 あんな悲しい眼じゃなくて、穏やかな優しい眼をしている。 そしてその後ろには丈にそっくりな奴が壁にもたれて、こちらを見ている。 あいつはその相手に微笑む。 そうすると丈にそっくりな奴も優しく微笑み返す。 二人の間に言葉はなくても、信頼しあっているのが伝わるよ。 あぁ、穏やかな二人の時間なのか。 お前達は、今幸せそうだ。 良かった。そういう時間も持てたのか。 **** 「洋、もういい加減に起きないと」 肩を揺すられて目が覚める。 「んん…今何時?」 「夕食の時間だ。ほら部屋食だから起きて食べろ」 「ええ!もうそんな時間」 慌てて目をパチパチさせると、部屋の和室に、ずらりとご馳走が並んでいた。 「わぁ!ふふっ…どこかの国の王子の気分だ」 「洋っ、馬鹿言ってないで早く食べろ」 「うん、ごめんね。寝ちゃって…丈は何してた?」 「ふっ…洋を見ていたよ」 俺はこの丈の穏やかな静かな眼差しが好きだ。 でもそんなこと素直に言えなくて、つい悪態をついてしまう。 「はっ?…よっぽど暇なんだな」 「くくっ…嘘だよ。仕事のメールが入っていてな」 「忙しいのに大丈夫なのか?その…こんなところで俺といてもいいのか?」 「洋…もちろんだよ。私がそうしたいんだ。さぁ早く食べないと、展望風呂に行くんだろ?」 「あぁ…星が綺麗に見えるのだろう?」 「星…好きなのか?」 「うん…一人でよく見上げていたよ」 「月も星も好きなんて、洋はずいぶんとromanticな男だな」 「なっ!馬鹿にするなよ!」 食事をしながらたわいもない話をした。 こんな風に旅行先で誰かと向かい合って、会話をしながら食事をするのは久しぶり過ぎて落ち着かない。 母が亡くなった後、ほとんど一人で食べていたからな。 父は毎日遅かったし、あまり会いたくなかった。 二人になるのは気まずかった。 何故って、血がつながっていないからだ。 本当の父は俺が小学生の時に亡くなっていて、再婚相手だった。 このことはまだ丈に話せていない。 血のつながった母を失い、血のつながらない他人の父と暮らすのは非常に気まずかった。 なんで母は再婚したのか。 あの人の俺を見る目線が特に怖くなってきたのは、アメリカに行ってから。 俺の向こうに亡くなった母を見るような、身震いがするような視線を感じた。 父と二人で渡米。 日本に残ることもできたのに…俺が選んだ道だった。 日本での事件が苦しくて、アメリカに誘われるままについて行ったのは俺だ。 「どうした、ぼんやりして」 「んっいやなんでもない。そろそろ星を見に行こうか」 駄目だ。今は父のことは忘れよう。 せっかくの丈とゆっくり過ごせる、二人きりの大切な時間だから。

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