169 / 1585
すれ違う 1
「kai今日はありがとう、またな」
「次はちゃんとレッスンしような」
「あぁそうだね」
すっかり気軽に話しかけてくるkaiと、そのままランチをして別れた。kaiは仕事へ戻り、俺は午後は語学学校の授業をみっちり受け、十九時頃にようやくホテルに戻ってきた。
「ただいま、丈」
あれ……返事がない? 珍しいな。まだ帰っていないのか。
「いないのか」
きっと仕事が忙しいのだろうか。俺のせいで日本での仕事を駄目にしてしまったのだ。だから丈の仕事について、何も言える立場じゃない。まだ俺は携帯を持っていないので、丈が今、何処にいるのか掴めないのがもどかしい。
それにしても遅いな。
風呂からあがってしばらく待つが、まだ丈は帰ってこない。丈がいない。それだけで途端に寂しくなってしまう。いつからだろう。こんなに一人が苦手になってしまったのは。丈に抱かれてから彼の温もりが1日中恋しくなってしまう自分に驚いた。
ガラス超しに異国の街を眺めるていると、夜のネオンが瞬く華やかな世界に比例して、ますます寂しさが込み上げてくる。
早く今日会ったことを話したいのに……いつも俺が帰るまでには戻っていて、夕食の段取りをしてくれるのに、今日はこんなに遅くなるって聞いていないよ。
俺は夜中まで勉強していて寝不足だったから、朝、丈のことに気を配れていなかった。ここ数日、課題に追われ、丈に誘われても先に休んでもらったりして触れ合っていなかった。丈が寂しそうにしていたことに気づいていたのに、素知らぬふりをしていた。ここ最近の自分の行いに対しての反省点がどんどん浮かんできて、自己嫌悪に陥ってしまう。
「本当に遅いな……丈の奴」
時計の針は二十二時を指していたが、丈はまだ戻らない。何かあったのか……それとも残業なのか。流石にお腹も空いたし、部屋に伝言でもないかと思い、ホテルのロビーへ降りてみた。
「Excuse me. Is there a message in the room?」
何か部屋に伝言はありませんか?
「I'm sorry. Unfortunately there is nothing.」
申し訳ありません。あいにく何もございません。
フロントには何も届いていないそうだ。そうか……伝言もないのか。では、一体どこへ?
仕方がなくホテルのショップでサンドイッチを選び、レジで並んでいると奥のレストランが視界に入ってきた。
「えっ」
思わず声が出てしまった。だってそこには丈がいて、しかも一人じゃなかった。楽しそうに誰かと会話している。ホテルのムードある暗い照明の中、目を凝らすと隣には美しい女性が座っていて、二人で楽しそうに会話をしながら食事をしていた。
「……何で?」
ずっと待っていたのに、なんだよ。誰だ、その人……会社の人? どうして? 俺に連絡もせずに。
じっと目が離せないでいると丈と目が合った。一瞬丈がしまったというような顔をしたから、ますます胸がぎゅっと潰される思いがした。心臓がバクバクする。日本にいる時だって、会社で看護師の女性たちと歩いている姿は何度も見たじゃないか。ただの仕事上の付き合いだろう。そう頭の中では納得しようとしているのに、心がついていかない。
俺はまだこの地に馴染めてないのに、丈はすっかり溶け込んで、あんなにも余裕の表情を浮かべて、女の人と食事をしているなんて……狡い!
さっさと部屋に戻ろう。
今は顔を合わせたくない。
俺は嫉妬しているのか。
ぐちゃぐちゃな想いで頭がパンクしそうだ!
「洋っ」
丈が席を立って俺の元へ駆け寄ろうとしたのを察知して、俺は慌てて到着したばかりのエレベーターに飛び乗った。その時ドンっと勢いよく人にぶつかってしまった。
ともだちにシェアしよう!